10月28日(日)『ち・お』創刊記念25年イベント in Shelter KUKO cafe&gallary 代々木八幡

  • 2018.10.29 Monday
  • 17:34

 

 『ち・お』のイベントがあって、朝5時半起きだったけど、とりあえず、東京の代々木原の会場の喫茶店に、九時五十分集合ということで、頑張ってというか、新幹線が頑張ってくれて、無事到着した。すでに、石川憲彦、山田真、大谷尚子、青野典子、北村美佳 編集協力人集合。ほかスタッフも集合しており、お客さんもぼちぼち来てくださった。

 

十時三十分開始で石川さんの話が始まる。石川さんの話は、社会構造の変化を指摘しながら、さまざまな精神的な疾患や価値観の変化による人間の脆弱さの必然性を語る。老後の心配をする時代というのは余裕のある時代なんだけれど、逆に不安が増加している。確かに、いくらお金があってもそれが安心にはつながらない時代になっているし、人間関係も家族から地域まで安定的ではないかならなぁ……。

 

 ただ、石川さんはそれでも、不安になるメリットがあるという。つまり、「不安があるという『ゆとり』があるんだ」ということや、「自分でなんとかするしかない」という意志がわずかにもあるということ。逆説的だけれど、危機感は自立を促す面もあるということなのかなと想う。

 

 その話の間に、ボクは、来ている子どもたちに変わり絵のおもちゃを配って歩いた。前夜にせっかくだから何か子どもたちにあげるモノがあると良いなあと「じいじ根性」を出して、まあ、人数も6人くらいって聞いていたので、プレゼントを作った。けっこう、面白がってくれてうれしかった。

 

 石川さんの話の次はボクが子どもと戯れつつ、遊びについて語るという三〇分。最初は持ってきた小道具で物語遊びを聞かせ、次は用意してもらったギターで歌をうたった。子どもたちは6人ほどだったけど、しかも小学生未満(ひとり小学生っぽかった)ばかりで、かわいい。

 

 十分間くらいの残り時間では、大人向けに「遊びの意味」を簡単に話す。ボクは遊びは非日常的なものだから自由で危険が伴うけど、遊び経験は子ども時代に決定的な影響を与えるのだと主張。最近は過剰な安心安全の欲望が高いけど、それは遊びとは真逆かもしれない。余裕のない大人が子どもから遊びの代わりに無菌状態の安心安全を与え、どんどん生きる力?を奪ってしまっている……と想うんだよなと。あとは、男がんばれ!の話。

 

 そして午前中の最後は山田さんの免疫とウイルスの話。ウイルスを敵対的に想ってしまう近代医療への痛烈な批判。外敵や環境とバランスをとって、生きながらえ、成長し、進化したのだという観点はすごくおもしろい。山田さんならではの話。

 

お昼は、上品でおいしい、非常に健康的なおにぎりやおかゆを、みんなでいただいた。ただし、ボクはとても足らないので、コンビニへ出かけておにぎりを二個こそこそと外の道路で食べる。ごめんなさい。

 

 午後は熊谷(くまがや)晋一郎さんがやってきてくれて、山田さん、石川さんを交えて座談会……の予定が、結局、石川さんも山田さんも目一杯時間を使ってリレートーク。熊谷さんにも時間までお話をお願いする。毛利子来さんを忍ぶというかたちで『ち・お』雑誌の成立期のことを石川さんが話し始める。

 

 日教組の準機関誌としての「子どもと健康」誌に山田さんも毛利さんも関わっていてたが、そこから自立するために編集員のほとんどが離脱して、『ち・お』をはじめたという二十五年前の話をする。そのきっかけの一つが「岡崎くんの原稿拒否事件」だと。これは、ボクが二五年以上まえに、山田さんから原稿依頼を受けた「子どもと健康」誌への愛知県教組からの苦情問題である。当時ボクは日教組傘下の愛知県教員組合や名古屋市教員組合に「もっと強くなってくれ! 御用組合になるな!」と檄をとばしていたので、執行部から嫌われたのだ(笑)。

 

 山田さんは、毛利子来さんに出会った頃のことを語ってくれた。毛利医院は原宿にあったけれど、当時は、貧しい人たちが集まっている地域で、土地も安く、弱者を支えようとする人や仲間が集まっている地域だったという話。毛利さんは「子どもを泣かせない」診察を心がけ、毛利医院から帰りたくないと言って泣く子どもたちだったという。そして子どもの声を聞き、お母さんが代弁しないことを強く言ったそうだ。なんだか、毛利さんのすごさが迫るような話だった。

 

 熊谷さんは、ご自分と母親の壮絶なしかし、愛を感じる「闘い」の幼少期を話してくれた。そして、障害は社会的な課題であって、障害者個人の課題ではないという一貫した論理を丁寧に説明してくれたし、『ち・お』が長年積み上げてきた貴重な知と力を高く評価してくれた。今後も、もっともっと力を貸して頂きたい。

 

 フロアーからも45分あまりたくさんの人から質問や意見をお聞きして、三時半に山田さんの長いまとめの挨拶でお開きとなった。ボクも、ちょっとぐったりして、気持ちのいい疲れをもって会場をあとに東京駅に向かった。

 

 東京駅も、新幹線も、名古屋駅も大変混んでいて、みんな元気に生きていると思った。人間はどんな苦境に立っても、生きている限りなんとかなるもんだとずっと思ってきた。明日はどうなるか分からないけれど、慎ましく先人の言葉を大切にして、街の片隅でくらせればいいやと思った。

お・は』記念イベントは12月16日日曜日澁谷でやります!

 

 

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