3月21日(水曜日) 卒業式は 華美? 地味? しょうがないこと

  • 2018.03.21 Wednesday
  • 10:05

 

 昨日3/20火曜日は、勤務校の卒業式だった。11時半の送り出しだけは参加しようと思って出かけた。会場の体育館ではすでに呼びかけが始まっていた。こっそりとギャラリーの上からのぞいてみたが、元気なみんなを見て「やれやれ、とりあえず卒業だな」と思う。袴姿の女の子もけっこう多かった。

 

 袴についてはこの時期になると話題になる。子どもたちはただ「着てみたい」のであって、深い意味などないと思う。ファッションなのであって、大人が思う「華美」「高価」というような価値観で子どもは見ていないので、ダメ出しがしにくい。ただ、これはなんでもそうなので、スマホだってゲームソフトだってなんでも「子どもは欲しがる」ものだ。それに応えるか、応えられないかはひとえに大人の問題である。

 

 卒業式の袴を「規制」しようという市教委の動きがあると聞いたが、実際には「禁止」という字句は使いにくいだろうと思う。袴を望ましくないと思っている大人は、「小学生の卒業式にふさわしくない」「高価で、着せたくても着せられない家庭もあることを知るべきだ」「トイレなど動きに問題が出るので教員が大変だ」などなど大人の理由を挙げる。

 

 私は「どっちでもいい派」なので、ご家庭で考えてくださいとしか言いようがない。それと自分のときは「先生は着付けもできないし、トイレも付き添えないのでそれは覚えておくように」と話したことがある。これは、どんな衣装でも同じだから、毎回言っている。以前、つけてきたコサージュが壊れて大変なことになった覚えがある。その子は卒業式が始まる前から泣いていた。

 

 ところが、じゃあ部活のユニフォームじゃいけないでしょうか?ということになると、これも「よろしくない」ということになる。卒業式の厳粛さと儀式の意義に照らし合わせて「望ましくない」ということになる。ぼくが「べつにいいんじゃないの」といって職員会で顰蹙を買った。親や教員としては「中学校の制服」は指導が一番ラクで悩まなくてもいいということになるが、最近は進学する中学校も違う子がけっこういるので、これもやっかいだ。「うちの子は私学受験に失敗したので、中学校の制服なんかとんでもない。合格した子の制服を見るだけで傷つく……」って冗談(これはけっこう本気の顔)で言われたこともある。……やはり「卒業式廃止、証書は郵送」だな(笑)。

 

 卒業式は心込めて子どもたちのための最後の授業なのだから、オカザキセンセみたいにいいかげんなきもちでやってはいけません。と、よくおしかりを受ける。いくらしかられても、ぜんぜんわかんな〜い!んです。もちろん、日本全国いろいろな卒業式があるから、みそくそいっしょにしようとは思わない。だが、それでも、卒業式はやめられないのなら究極簡便がいいと思う。

 

 閑話休題。袴をどうするかと各家庭でいろいろと論議することは確かにめんどくさい。親の意識やセンスも大きいし、「あの子だって着てるもん」「卒業式くらい着たい」という子どもの無邪気な声を無視するのもつらい。お金だってピンキリとはいえ負担だ。「他の服だってお金がかかるんですから……袴の方がセット料金で……」とほんとうに悩ましい。「先生がダメって言ってくれたらうれしいし、助かります」という声はよく聞くよ。(よくきくよ:回文だな)

 ううむ、先生が悪者になるのかぁ……。でもなあ、親が子どもと話し合って解決しないと、これからもっと大きな事態・岐路が待ち受けているような気がする。

 

 袴を着ている子どもに「千歳飴を持たないのか、必要だろう」と言っても、ジョークにならないのだが、最近の袴は華美だよな。で、華美でいいじゃないかと思う。だって地味だったら着る意味がない……そう子どもたちは思っているような気がする。非日常的な袴を着ることで、ちょっとテンション上がるおもしろさに思春期前期の子は敏感なのだ。コスプレだってあったなあ、深いスリットの入ったものもかっこよかったよな、名古屋嬢はすごいんだぞ!いろいろと。男子も中学校だと白い制服とか、裏に金の刺繍の入った学ランとか……。

 どんどんエスカレートしていく可能性はある。新自由主義的な文化の経済化である。

 

 卒業式の服装で思い出すのは、担任していた一人の男の子が、卒業式当日、朝、登校したとたんに家に帰ってしまったことがある。「みんなが、いい服をきていたから」というのが理由だ。彼の家庭はまずしく、新しい服など用意できるはずもなく、卒業式といえどもいつものちょっと薄汚れた普段着で登校したのだ。ところが、友だちはみんなそれなりにパリッとした、折り目のついたズボンをはいている。それを見て、自分がみじめになり帰宅してしまったのだ。結局他の先生の子どものはいていたズボンを緊急で調達して、家まで迎えに行き履き替えさせ、式に参加してもらったのだ。そんなことが40年前の時代にはあった。でも、ひょっとしたら今でもあるのだと思う。自分には見えていないだけで、多分。

 

 たった一日のことなのに、たった一日のことだからこそ。やはり、卒業式はできるだけ簡素化、できれば、やめたらいいと思ってしまう。卒業式の厳粛さなんてもう死んでいる。結局、学校のよどみなのだ。

 

  • 0
    • -
    • -
    • -

    スポンサーサイト

    • 2018.06.11 Monday
    • 10:05
    • 0
      • -
      • -
      • -

      PR

      calendar

      S M T W T F S
      1234567
      891011121314
      15161718192021
      22232425262728
      293031    
      << July 2018 >>

      selected entries

      archives

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      recommend

      links

      profile

      search this site.

      others

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM