7月7日(日曜日) 『サフラジェット』と 男と女の間の「差別と疎外感」

  • 2019.07.07 Sunday
  • 08:51

 

 土曜日の七月六日は、日進市で「わいわいフェスティバル」という市内の団体が集ってのイベントがあった。ボクは男女共同参画的映画上映の後の意見交流会のコーディネイトをすることになっていた。

 

 上映の映画は『未来を花束にして』(原題『サフラジェット』)という今から100年前19世紀から20世紀にいたるイギリス女性参政権運動の実話を基にしたものだ。この映画のDVDも持っているので、数回見たけれど、毎回興味深く学習している。この過激さがいい。

 

 今から見ると、素朴に過激な運動である。ビラまき、街頭演説、石投げ、ちょい爆破、ガラス割りなどを女性たちがやっている。結果的にはイギリスでは1928年に21歳以上の女性に選挙権・参政権が「勝ちとられる」あるいは「与えられる」ことになった。この時代は、女性への抑圧状態はかなりで、賃金格差、長時間労働、性的な虐待から、親権の剥奪など数え切れない。もちろん「今だってそうだ」と思うけど。彼女らは繰り返しへこたれずデモや抗議をし、度々逮捕され、警察官から無差別的な暴力を受け、極めつけはハンストをする彼女らに強制的に摂食させるという、まあめちゃくちゃな拷問を受ける。

 

 中でも、ボクが「ううむ」とうなるしかなかったのは、逮捕された女性を牢屋に入れるのでなく、「家の前へ置いてこい」と警部が指示するところだ。つまり、牢屋の拷問よりも、夫からの仕打ちの方が「効果的」だということだろう。ここんとこは、男であるボクは黙るしかないなと思う。つまり、これは現代でも共通する男性の在り方につながるのだが……

 

 上映後は20名くらいの交流会だった。そこではボクがコーディネイトということだったけど、短い時間なので、言いたいことを言って欲しいと思った。ボクが「男性も生きづらいことがあるんだよね」と言ってみた(実際ボクは男性の色々な相談を受けているからね)。もちろん「最近の女性は強くなった」なんていう通俗的な寝言を言うつもりは全くない。もちろん、学校現場で男子が意見表明がなかなかできなかったり、すぐ暴力的になったりするなど大きな課題はある。それは、旧来の男子が与えられていた「差別の下駄」と「女性の犠牲的支え」がなくなりつつあるということで、ある意味、女子と対等になりつつあるということで、それは非常に望ましい克服すべき課題であるということだ。

 

 しかし、女性への差別や抑圧に気づいた男性や、自分の鎧を脱ごうとしている男性は、それなりにしんどさや生きづらさを感じていることもあるのだ。すべての男性が「女性差別」に無知ではない。だから、「男性の生きづらさ」というボクの発言は、女性の立ち位置を問うことになる。女性だって被害者になることもあれば、加害者にもなることだってあるのだと。

 

 今まで発言を控えていた女性たちが、それぞれ一斉に「職場セクハラ」「賃金格差」など現代社会にまだまだ厳然としてある「女性差別」について語ってくれた。この映画はあくまで女性参政権という権利獲得という歴史が中心なのだ。Me Tooの動きなど、まだまだ女性への差別や蔑視、意識されない抑圧など てんこ盛りである。

 

 さて、サフラジェットだが、歴史であるから、今から見たら「限界」だって、「誤り」だってあるに違いない。しかし、だからといって、歴史的評価が下がるわけではないだろう。その場その時に精一杯闘うということは、こういうことなのだと思う。意見の中で、ここまで激しい運動をしなければ獲得できなかったということを知ると、身が引き締まるという若い女性がいた。そして、今はこうした意見表明の運動すら「自粛させよ」「弾圧せよ」という権力の動きがあるという指摘をする初老の男性の指摘もあった。

 

 サフラジェットでは Deeds not words(言葉でなく行動で!)というダイナミックな動きを奨励するスローガンのようなものがある。

 

 当日は話題にしなかったが、第一次世界大戦がはじまると、サフラジェットの運動も戦争に翻弄される。このとき、女性が戦争に貢献したから、その「御礼」として参政権が付与されたという「国家貢献説」という見解も出る。これをどう見るかはいろいろあるだろう。それと、サフラジェットの運動は、当時は「違法行為」だったのだが、だからといってそれがダメなことなのかというとこれまた安易な結論である。人間の尊厳を重視するためには、法そのものを超えていくような動きは歴史的に正しいとボクは思っている。

 

 主として男性権力者たちが犯してきた女性蔑視、女性差別という事実を過小評価するための歴史の叙述も、歴史修正主義であり、大きな問題があるのだ。男女のすれ違いは恋愛や夫婦だけでなく、いろいろなところにも噴出するものなのだ。『お・は』105号の『どうして、男と女はすれちがう? ─妻から母へ、夫から父になるとき+現役のあとに 』実はこうした問題意識の中で作られた、生活に密着した男女の本なのである。男女は協働できないのだろうか?男女間の疎外感はいったいどうしたら……。

 

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    2019年6月16日(日曜日) 『ち・お』編集会議 これから子育てはどうなるのか?? in新宿

    • 2019.06.16 Sunday
    • 21:53

     今日は、新宿の会議室で、『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』の編集会議。新しく編集人として熊谷晋一郎(東大先端科学技術研究センター准教授)さんを迎え、編集方針の提案があった。

     

     かなり綿密で、現代社会の持っている研究や情報についての分析も明快で、情報を求める人たちにどんな本を提供していくのかということが短時間の間に話され、みんな納得であった。『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』誌がどんなふうにこれから展開していくのかと言うことは、『お・は』も同じで小学生以上の子ども達と付き合っている親や教員にきちんと届くようにしたいと思っているので、熊谷さんの提案は本当におもしろかったし、心強かった。

     

     子育てのヒントやアドバイスもネットで検索していけば、かなり細かなケースについて「一定の情報」が得られる。しかし、今では、その明確な根拠やエビデンスの確認もなく拡散してしまうことも多い。乳幼児や子どもの成長はほんとうに多様なのだ、そしてその多様さに向き合うためには、土台のしっかりした上にたっての臨機応変さが必要なのだ。石川憲彦、山田真や毛利子来は、臨機応変に子どもと向き合うための考え方の土台を親たちが学んだのだと思う。

     

     子育ても教育も、言ってみれば「土台」「枠組み」を構築しながらするものだろうと思う。大きな視野で子どもをみながら、「目先のこと」に向き合うことが子育ての実際だと思うのだよね。これからの子育ては「目先のこと」と「その土台や枠組み」を同時に考え悩みながら営むことが肝要かと思う。

     

     怒濤の三日間が終了した。帰りの新幹線では落語を聞きながら居眠り(笑)。

     

     この会議場へは丸ノ内線にのって、「新宿三丁目」で下車する。東京駅から20分弱だったが、会議の場所までは、そこから結構な距離を歩く。出口がC7ということで、新宿三丁目の一番はしっこで、ウロウロとしてしまった。表示を見れば問題はないのだけれど、本当に東京は人が多いなあと思う。名古屋は比じゃないなと思う。東京はどこも,名古屋駅の中央コンコース化している。

     

     会議では、編集のこと以外に、山田真さんといろいろと話した。とりわけ「教養」ということについて。教養主義という批判が、もうできないくらい、教養が先細りだなあと思う。「教養」なんていうと偉そうな言い方だよね……というのが「昔」だったけど、今や「教養」は死語なのかもしれないと。

     

     本を読むというのは、一つの教養を積み上げる方法だった。しかし、今は社会性のある知識や思想(ものの考え方など)という「教養」を、本で積み上げる方法は「はやらない」ようだ。しかし、では、それに代わるのがネット知やウエッブデーターなのだろうか? どうも、そこがボクには分からないのだ。知としては同質だとしても、「身体」はそれにどう向き合っているのだろうか? ここは、面倒で難しい問題なのだが。ま、いずれ この問題はじっくり考えたいなあと思う。ポピュリズムや反知性主義の問題ともつながるんだろうけどね。

     

     

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      2019年6月15日(土曜日)怒濤の三日間 二日目 第57回一日おもしろ学校ごっこ

      • 2019.06.15 Saturday
      • 19:28

       

       今日は、朝から天気がどんよりしていたけれど、年に二回開いている『第57回 一日おもしろ学校ごっこ』。1993年からはじめているのだけれど、いつも楽しく実施。今回もたくさんの子どもたちと親御さんたちの参加があってとても充実していた。

       

       今回の高学年は 1時間目医学の授業で「夏の病気 熱中症と日焼け」を医師である松尾さんが全面展開。常識と非常識そして、何が一番いいのかをすぐに求めないで、じっくりと身体にいいことを考えるという授業。最新の医学情報を聞きながら子どもたちは考える。2時間目は 社会「都道府県のヒミツ」単純に都道府県や県庁所在地を覚えて終わり!みたいな無味乾燥蹴っ飛ばしたくなる授業ではないのだ。どうして都・道・府・県なの?? 北海道は北海県じゃないの?? 伊藤育雄さんが解説する。3・4時間目はミニハウス作り。職人の三輪先生の準備は、微に入り細に入り。楽しいミニハウスだけでなく、そこにテレビや冷蔵庫、ベッドまで自分で細かい木材を選んで組み立てていく.想像力が拡大して本当にたのしそうだった。

       

       

       低学年は、定番の伊藤育雄さんの音楽で1時間目がはじまる。ずんずんとリズムに子どもの波長が合い、元気な歌声が教室いっぱいになる。2時間目は ボクの南海トラフと地震の授業。ちょっと難しかったなあと反省。3時間目は 頭と身体を使った国語の授業を村上先生。ううむ、こういう授業だったら、学校が楽しいのになあと。最後の4時間目は太田先生の図工で「あやしいよるのおもちゃ」けっこう想像力が豊かになるが、ハートが見えるめがねなど、笑える。

       

       教育困談会も十五人くらいの保護者で盛り上がるが、しかし、めちゃくちゃな学校運営や教員のふるまいがあるなあと、話を聞いていてムカつく。愛知県の管理主義的浅薄教育実践は、まだまだ健在!(悲)のようだ。親たちがズンズンと賢くなっているので、一安心……なんて言ってられないぞ! 馬鹿馬鹿しい指導を、なんの疑い持たずにできる、その厚顔無恥の意識に 雷を当てたくなる。

       

       57回の経験は大きく、今日は天気の悪さにもかかわらず、キャンセル無し、参加者の四分の一がリピーターで 安定定着の催しとなった。毎回、充実して、疲れるのだが、今回は 若いスタッフも助っ人で何人か来てくれて和気藹々となる。横浜から毎回来てくれる同志M先生の話も面白く悲しい話だった。横浜は今や名古屋より管理主義的浅薄教育実践が蔓延してしまっているようだ。

       

       12月の58回に向けて、また授業を工夫しましょうね!! 楽しく充実した一日だった。みなさん、来てくれてありがとうございます。

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        2019年6月14日(金曜日)怒濤の三連ちゃん 1日目 「平成」の教育はなんだなんだ in 三鷹

        • 2019.06.14 Friday
        • 14:12

         

        今日は三鷹市の市民大学講座で「平成」教育の迷路という学習のお手伝いをするので、5時に起床して、7時前に新幹線に乗車。午前十時からの講座だが、初めての場所なので30分位前に到着しようとするとこれくらいに出発しないといけないなあと思った。

         

         しかし、実際にはわかりやすいはずなのにウロウロしてしまい、結局 開始15分前到着ということになった。かなり新しい立派な建物で、中もきれいな いまどきの透明ガラスの壁で、廊下からは何をやっているか丸見えである。

         

         一時間くらい、お話をして、そのあと30分間くらいグループ討議で、80〜30歳までのそれぞれ参加者の経験や思い出をボクの話と結びつけたり、結びつけなかったりしながら深める。深まるような話をボクがしたのかが不安だったけれど、とりあえず、各グループが短めの発表をして終了ということになる。司会はびしばしとしつつも、しかしやさしい雰囲気の方で進行がすばらしい。そのあと自分がまとめとして話す。

         

         まとめの話は、以下の通りで10分程度。

        これからの子育てや教育を考えたり、関わっていく方向性としては

         

        1)「いそがしさ」や「せわしなさ」から「生きている子どもを待てない」という現実がある。それは、親というより、子どもの集まる、とりあえずは学校がである。親は昔からせわしなかったのだ。学校の「早く正確に」というモードはここ30年間で、ますます強化され、それに成果主義が付随してきた。待てないということは、子どもや教師の「あきらめ」を促し「丁寧さ」を駆逐する。

         

        2)サービスの過剰による不能化の悪循環。つまり、サービスが過剰になれば、自分で行為し活動することが減少し、結果的には、自己表出を控え、トラブルを避け、手間を惜しむ。このサービスが「過剰か過剰でないか」という分水嶺ははっきりしない。はっきりしないとなると、さらにサービスを欲求する。そして、きめ細かなサービスを誰もが求めるから、さらにそれを不可欠として、さらに不能化の勢いは増していく。

         

        3)必要な部分だけを取り出して摂取することで、全体性を喪失する。部分だけを見て全体を確定することで生じる錯誤の問題が起きる。それは、将来の予測の誤謬にもなる。思い込みと、わかりやすい都合のいい経験値だけで動く。ほぼ都市伝説化している「学歴があれば幸せに生きられる」といった程度の昭和の話さえも、相対化できないまま、エネルギーだけを投下していく。

         リトルリーグと草野球の技術過程の特化がもたらすコミュニケーションの貧困化を例に挙げて話す。

         

        4〕教育や子育てを考えるときには、障害を持つ子や手のかかる子、病気がちの子、勉強が不得意な子という、どちらかというとメインストリームから遠目の子を基本に、いっしょに考えることが重要だ。それは、差別や序列の問題を考えるということもあるけれど、「多様な人間の集合体」が社会であるということは、正義や公正、権利や自由をどうやって獲得、現実化するか、あるときは「保障」だが、そういう社会の大きく根本的なテーマに有意義で不可欠なことだと思うからだ。

         

        そんなことを、30人あまりの老若男女の受講者の方にお話をした。パチパチパチ。

         

        『お・は』102号を買ってくださった人が数人いらっしゃってうれしかったです。ご要望に応じて、恥ずかしながらサインさせていただきました。

         

        ところで、東京はやっぱり「香害」が強いような気がした。いや、中央線に乗ったら、そんなに混んでいないのに、すごく香りが強い。ちょっとまいった。周囲は、男性がほとんどだったんだけど。帰りは、12時過ぎにセンターを出て、タクシーで三鷹駅に向かい帰名となりました。まず、今日の前半は終了です。後半は、前の職場の同僚が何人か集まってわいわいと「反省的悔悟話」を明るく前向きに語る会がある。明日は「第47回 一日おもしろ学校ごっこ」である。また、朝がはやいな……。

         

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          2016年6月12日(水曜日) 毛利子来さんの書籍コーナー in 富士見町図書館

          • 2019.06.12 Wednesday
          • 16:38

           

           朝ドラをBSで見てから、地下鉄に乗ってJRの「ワイドビューしなの」を利用して、今日は 長野の富士見町図書館の「毛利子来コーナー」に行くことにした。しなのは車内販売をしていないというので、コーヒーを作って魔法瓶(これは死語?)に入れたので、どんどん鞄が重くなる。しなのに乗る前に、「あんドーナッツ(というよりパン)」と,「クリームパン」を買って乗り込んだ。ここから塩尻まで100分くらい、そこから中央線に乗り換えて50分くらいの旅だ。

           

           しなのは塩尻まではけっこう混み合っていた。指定で窓際に座り、車窓の山や谷をボーッと見ていたが飽きたので、『お・は』の106号原稿校正を始めることにした。106号は学校イヤイヤ特集で、先日、山下さんのフリー居場所で親御さん達と座談会的悩み相談をした。そのテープ起こしが送られてきたので、読みながら、自分のちゃらんぽらん会話を訂正。しかし、編集してくれているTさんの敏腕さに驚愕だ。こんな格調高い、まとまった話を自分がしたのだろうか???と思うくらいいいじゃないか。これを読むとオカザキはきちんと話しているなあと誤解されそうで怖い(笑)。

           

           車内はほぼ満席で、会社員風の人が多い。今日は平日だから当たり前だなと思う。塩尻から富士見までは中央線の「高尾行き」で、途中でしっかりと停車して「あずさ」に追い越されたりしながら、ゆっくり富士見に向かう。でも、「あずさ」ってえらくかっこよくなっている。昔のあずさしか知らなかったので、ちょっと驚いた。

           

           ちょうど十二時だったので、富士見駅のあたりをうろうろしていると、道からは見えない(笑)そばやさんを見つけたので入る。おばあちゃんが一人でやっている。盛りそばを二枚いただく。手作り感が満載で、いきなり、蕗の煮付け、カブとキュウリの漬物、キャベツのおしたしの漬物が小鉢で、どんと出てくる。しばらくするとそばとそばがきが運ばれてくる。おばあちゃんは、かなりのお年で80歳は超えている感じがした。そばも明らかにここで打ちました!という見ばえで、太さや長さが若干違っている。でも、非常においしい、しっかりした食感だった。

           

           

           

           富士見の駅から歩道橋をまたいで5分くらいで富士見町のミュージアムの中に図書館があった。かなり広く街の規模からするとかなり大きく、中も充実している。とにかく、窓が大きくて明るい。お母さん達が子連れで本を借りに来ている。窓口の係の人にご挨拶して毛利子来コーナーをのぞく。ボクの知らない毛利さんの本がかなりあった。写真も元気な毛利さんの笑顔でうれしく、懐かしい。館長さんが不在だったのでナンバーツゥ?の方と若干の話。ボクと毛利さんの関係と、『ち・お』姉妹誌『お・は』の説明をする。

           

           毛利子来さんコーナーには、毛利さんの著作が集められていて、これは、ご家族の好意で展示され、貸し出しもされている。もともと、ここに毛利さんは別荘があったようで、ボクはよく知らないのだが、ここで、暑さをしのぎながら執筆されていたようで、内田良子さんやご家族の働きで、このコーナーが実現したと言うことだ。ボクは、開設されたときに伺えなかったので、遅まきながら訪問した。笑顔の毛利さんの写真を見て、思いがこみ上げてきたが、毛利さんに声をかけてもらわなかったら、今のぼくはないなあと思った。

           

           ボクも恥も外聞もなく、でも、一応礼儀正しく、毛利さんに教えを乞うてきた……つもりで、その育児や教育、そして思想については、ぜんぜん古くないと思っている。書かれたものは、過激だし、厳しいが、その反面、寛容さも並外れて大きく、先生に助けられた親は多いと思う。ボクもその一人です。著作を見ながら、もう一度、読み返そうと思った。

           

           図書館の人と話しているうちに、『お・は』もバックナンバーを置いてもらえないかなと思ったので、話してみると、「うんいいですねえ、ちょっと相談してみます」と言ってくださったので期待。まあ、いつもダメ元で話すので、実現しなくてもしょうがないなあと思う。106号を寄贈して、失礼する。若干電車の発車まで時間があるので、少し降り出した富士見駅の近くでカフェオレを飲む。

           

           時間待ちのカフェオレの間に、雷が鳴り始め、土砂降りとなる。待合室には数人で、仕事、旅、いろいろな人が立ち食いそばを食している。ぼくも食べようかなと思ったが、今日はあまり運動していないのでやめた。塩尻までゆっくり50分くらいかけて中央線で戻り、そのあと再びしなの16号で名古屋へと戻ることにする。とりあえず、雨も通り過ぎ、どんよりした空は名古屋も同じだった。毛利さんの写真を思い出しながら、ボクの人生も毛利さんや多くの先達によって豊かにしてもらえたんだなと感慨深く家路につく。

           

           

           

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            6月5日(水曜日)『マコチン』の威力:時間が余ったから読み聞かせるのではない!

            • 2019.06.05 Wednesday
            • 20:35

             

             ボクは、この本を多いときで5冊持っていた。続編の『マコチンとマコタン』もである。今は、二冊しかない。この読み聞かせ本は小学校低学年中学年に必ず受ける。今まで100%楽しく聞いてくれた。だから、子どもにあげたり、若い教員にあげたりするから減っていく。

             

             最近も二年生の補欠教員として出向いたときにこの本を読み聞かせた。自分が担任のときは、必ず、一学期に読み聞かせた。子どもたちは笑い、大受けし、「もっと読んで」「もう一度読んで」のリフレインである。読み方のスキルもあるけど、それは気持ちの入れようと、少しぶっ飛んだ気持ちで、教員特有のクソ真面目さを押し隠せばいい。

             

             今まで、若い先生や同じくらいの年齢の先生に、これ面白いから読んでやってみたら……と言うと、90%は「そんな時間はない」「暇ができたら読みます」などとバカヤローなことを言う。で、はっきり分かったのは、そういう先生は、時間に余裕があっても、決して子どもに面白い話の本は読み聞かせない。子どもは本を読んでもらう楽しさを知らずに大きくなるという不幸を積み重ねる。

             

             読み聞かせや、お話は子どもにとって、何ものにも代え難い文化と教養だし、想像力、そして人間性を育む。読書感想文という罰のついた押しつけ読書なんかすすめなくていいから、おもしろい、わくわくするような本を、子どもに読んでやるのがいい。

             

             「岡崎先生は、そんな本(!)を読んでいても規程のカリキュラムや教科書のやるべき範囲が終わるからいいですね」と言われたことがあったが、そいつには「君のようなティーチングマシンに教えてもらう子どもはめちゃ可哀想だな、規程のカリキュラムだって? やるべき教科書ぉぉぉx? そんなもんをこなすのが教育じゃないだろ、何を考えてるんだ。」と。「ボクは、忙しくても、また、やらなくてはいけない範囲がまだおわってなくても、本を読んだり、紙芝居を見せたり、お話ししたり、ものづくりをしたり、とにかく『子どもが楽しいと言ってくれること』をまずやるのが仕事だと思っているからね」と思いをテンションあげて言った。「楽しいこと」が規程のカリキュラムより優先順位が低いはずがない。楽しいことをやったうえで、さぁ、たまには教科書をやるかな……くらいでちょうどいいののだ。

             

             人間にとって大事な文化は、誰かが決めた予定や計画や押しつけからなんて生まれない。ボクは子どもが楽しめる本を探し続けている。だから、「これ面白いよ」と言われた本は買ってみる、借りてみる。

             

             先生の多くが本を読まなくなったとすると、自分自身が本を読むことが楽しくないのだろうし、自分が本を読む喜びを知らないから子どもにそれを伝えられないのだろうと思う。楽しい本やわくわくする本は、早く学校へ行って子どもたちに読んでやりたいと思うのものではないだろうか。「ノンタン」から「キャベツくん」、古い本だって昔話だって賞味期限なんてないのだ。人の想像力に壁は建てられない。象徴的に言うなら、「あと15分でさようなら。そのとき、今日中にやるべき計算ドリルか、メチャ楽しい読み聞かせか、君はどちらを選ぶ」というのは子どもの前に立つ先生が常に頭に置いておく究極の選択なのだ。

             

             時間がない、ヒマがないなんて言わないでくれ! ヒマを作ってくれ、押しつけられたことをサボればいいじゃないか!……とボクは強烈に思うのだ。初めて学校で勉強する一年生なら、国語・算数は全部絵本を使って、絵本に助けてもらって勉強ができる。楽しいよ。

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              6月2日(日曜日)第44回全国学童保育指導員学校に参加する 

              • 2019.06.03 Monday
              • 20:50

               

               今日はどんよりした空の下で、鈴鹿大学(三重県)の校舎を借りての「第四四回:学童保育指導員学校」が開催され、その午後開催の高学年分科会に助言者で参加。助言できるか、足を引っ張る助言かわけがわからないが、とにかく存在証明的レジュメA4二頁を作って、コピー30枚して謙虚に参加。

               

               参加者が四十名弱ということで、実践レポートを20分くらい、質疑15分くらいで、そのレポートについてコメント、ボクですけど40分くらい。休憩してから50分くらいを参加者がグループを作って、いろいろと意見交換と討議。

               

               頑張ってレポートを書いてくれたことに感謝しかない。どっかのつまんないレポートと違って中身がリアルで子どもと格闘している様子がちゃんと伝わってくる。しかし、参加者はみんな濃い。指導員も経験数がいろいろだから、おもしろい。長年やっている熟練工みたいな指導員はすぐに分かる。気合いと目力がつおい。 

               

               基本的に、放課後子ども達が集まる場所は、学校のしんどさに、うんと耐え抜いた子ども達が息を抜いたり、八つ当たりしたりする居場所になる。そのことを理解しないまま、定年退職した教員が学童で働き、学校と同じように子どもを管理しようとすると、うまくいかないし、学童保育所まで息苦しくなる。

               

               「高学年のリーダーをどう育てるのか」という課題の論議を聞いていると、学校よりうんと時間をかけて綿密に活動を組み立てていることに驚く。

               

               指導員のみんなの悩みや工夫の話を聞いていると、なんだか学校がどんどん管理的になっているなあと思う。つまりボクの持論だけど、「教員が若いと管理スキルに頼ってしまう」ということがある。つまり、若いが故に子どもになかなか自分の意図が通じず、子どもも忖度力が低いから、甘え反抗を繰り返す。「静かにして、おとなしければ、優れた指導力」というバカの論理を信じ、それを力でなんとか押さえつけるか、はみだしたらすぐに「障害を持っている」という告知をしてしまう。ま、その方がラクだからね。でもね、自分の思い通りにならないからといって「障害カテゴリー」で包んでしまうのは200%間違っていると思う。

               

               専門家が「発達障害が増えている」などというが、はっきりした根拠をボクは知らない。もちろんエビデンスみたいなものを言ったり書いたりしている人はいますよ、確かに。でも、その「基準」について詰めてみると、以外とあいまいなのだ。その最たるものが文科省調査の受け売りだ。それから医者に診せる子どもが増えた……これは笑える。だって、社会が基準をあげていけば、「普通」からはみ出す子は増えるわさ。不安を増加しておけば医者や医療サービスを求めるのは当たり前。

               

               こうした「あいまいさ」を「確信」してしまうことを誤認というが、教育の世界では多い。以前「早寝早起き推奨キャンペーン」をやろうと言った教員がいた。ボクはそれなら、社会的な運動ですねと言ったのだ。つまり、夜の人間生活が「できてしまう環境」が問題なんでしょ。だから、9時以降はゲームも宿題も勉強もやらないようにしましょう。そして塾も九時閉店ですよ!と言わなくちゃと。それから、親もちゃんと世話しなきゃいけないから居残り残業や持ち帰り残業を減らさないとダメだからそっちも会社に通達出してくださいねと。夜遅く帰ってきても、子どもを起こして話したいなあと思っても九時以降はだめですよ……とかね。朝ご飯は必ず食べることにして、食べていない子は学校に来させないようにしましょうとか。 さあさあやってくれよ! と言ったのです。

               

               単純な心がけで「早寝早起き朝ご飯」ができるならこんな楽なことはない。学校はすぐにこういうお題目教育に飛びついて、何かやっているような気になる。バカな若い教員(ああ、バカじゃない若い教員もいます)が調子に乗って、安易なお題目教育に邁進すると(まぁベテランだって、年寄りだって同じだけどね)、とんでもないことになるよね。そこからはみ出したくらいで排除されたり叱責されたら、ホントたまらないと思う。「寝不足」一つとっても、いろんな理由や都合があるんだろうと思う。「早く寝なさい」で寝られるんならこんなラクなことはない。「寝なさい」なんて九官鳥でも言える。

               

               子ども達の環境に深く食い込むような教育を考えるなら、もっと慎重になるはずだとボクは思っている。学童保育の指導員はそういう意味で、学校よりも生活と子どものまるごとを抱えて試行錯誤しているのだ。リスペクトせざるを得ないといつも思っている。

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                5/20(Mon)発達障害と特別支援学級の「増加」

                • 2019.05.20 Monday
                • 08:55

                (ジャパンマシニスト社刊 2109年2月)

                 

                 最近、幾人かの特別支援学級・特別支援学校の教員と、そこに子どものいる父母と話すことがあった。「近ごろ、特別支援学級へ行くほどではない障害を持っている子が、けっこう入ってくる」と教員も父母も言う。実際に、特別支援学級は増えている。このことは良いことなのか?それとも悪いことなのか?ということを考えてみたとしても、現実にそうなっているのは「要求や要望」があるのだ。

                 

                 父母たちに聞くと「自分の子は手がかかるので、特別支援学級なら手厚く指導が受けられる。学習も進むはずだ」という理由で通常学級(普通学級)を選択せずに特別支援学級を選ぶという声も聞く。しかし、教員一人あたり5〜7人の特別支援学級に参加させるというのは、結局「少人数学級」への思いとほぼ同じなのだ。だから、支援級の教員は「この子なら普通学級でやれるはずなのにと私は思うんですが、保護者が『安全安心』と『担任や他の子どもや保護者ともめたくない』という思いで支援級を希望するんでしょうね。気持ちは分からなくないけど」と言う。

                 

                 発達障害が「障害」なのかという論議は、おそらくずっと続くし、根本的にはそれを考えずして教育は良くならないだろう。ボクは『発達障害 学校で困った子?』という本(上記写真)を作ったときに、発達障害とラベリングされた子の多くは「普通学級」でやれるはずだという気持ちで書いたし、編集した。もちろん、そう言うと「そんな無責任なことを言うな」とか「オカザキさんはいいかもしれないが、どんな先生でもできるとは限らない」と批判を受ける。もちろん、あるある批判である。だが、しかし……

                 

                 ボクだって、手のかかる子と必ずしもうまくいったことばかりではないし、なんとかやってきた……という程度だ。でも、それは……何度も言うが、子どもとのつき合いはそういうもんだ!と考えているからだ。ある親は「普通学級だと、ウチの子はいじめにあいやすいので特別支援学級に入れたい」と相談に来た。ボクはさすがに「いじめにあいやすいから心配する親の気持ちは痛いほどよく分かるが、そもそも学校はいじめをなんとかなくす、あるいはあっても軽微のうちに改善するというのが本意なんだから、普通学級で何とか頑張って欲しい」と言うしかなかった。

                 

                 要するに、自分の子に心配な親(まあ、ほとんどの親がそうだけど)は「手厚いサービス」を求めているのだ。しかし、その手厚いサービスって結局は、行き過ぎたサービスとほぼ同じになる危険性が大いにある。どこまでが「行き過ぎた」と言えるのか?と聞かれても、ここまでと普遍化しては言えない。ただ、やはり、「それは考えすぎだろう」とか「そこまでやるのはいかがなものか」とか「それは間違っていると思う」というケースは、それぞれの場面でいろいろあるし、分かる。

                 

                 でも、そのボクの分かり方や、他者の基準みたいなものは、結局その人(親や教員)の生活経験や成育環境、人生観や価値観の問題になっている。だから、簡単には決められない。おそらく裁判などの判決文でよくみる「社会通念上」というヤツだ。友だちを支えるときに、一人いいのか、二人にするのか、それとも車いすなど道具を使うのか……というようなその場その場で、相談したり、習慣を身に付けたりして決めるしかない。。だから、そんな絶対こうだという結論は出ない。

                 

                 ボクは障害を持っていても、できれば普通学級でなんとかやる方がいいと思っている。そのために教員も腕を磨いて、同僚と助け合い協力しながら子どもたちと向き合ってほしいなと思い、経験を含めて、それを書いたのだ。で、その理由ははっきりしている。「特別支援社会などない。社会はそこに生きているみんなで支援しあってこそ生きられる」と思っているからだ。さらに今は「特別支援学級は今のところ、教師や支援員だけの手厚いサービスを中心に動いている」と思っているからだ。インクルーシブや共生共育の理念とは、かなり違うような気がする。障害があるとして、その障害を周囲や健常と言われる子どもと一緒に社会(学校)が受け入れなければ、インクルーシブでも共生でもないとボクは思っているからだ。

                 

                 その発想から、学校の教員の労働条件や、少人数学級などのシステムを考えていかないと、学校の中が「温室培養」と「ブロイラー」になってしまうのではないかと思うのだ。「この子に適した」というのが、実際には「この子は面倒で手がかかるから、特別支援学級へ」になってしまっているのが一番恐いし、救いようのない論理だと思う。

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                  5月6日(月曜日)ボーッと行きたい・生きたい& 「0和」のこと

                  • 2019.05.06 Monday
                  • 17:26

                   10日間の連休と言っても非常勤講師としては格別なんということもなく、学校に行かなくてもいいんだということでしかない。「学校に行かなくてもいいけどお給金はもらえない」ことに了解が得られているにすぎない。正規の教員だったら一日や二日くらいは学校に行って仕事をしていたかもしれないなと苦笑いしながら想った。この10日間の半分は孫たちとの生活になったが、まずまずの日々だった。

                   

                   孫の一人は二年生の男児。彼とは、毎回、名古屋の「電車」に乗ることにしている。これまでで名古屋の地下鉄は全部乗って、ゆとりーとライン、あおなみ線、名鉄線等々と制覇した(笑)。本当に切符を買って、ただ「乗るだけ」である。目的地は「終点」まで。二人で乗って景色を見るだけである。地下鉄はホームを見ているだけである。終点に着くと下車して少しあたりを散歩して、復路となる。

                   

                   今回は近鉄のビスタカーの「二階建て電車」に乗ることにした。階上に乗りたいというので、予約を取り、始発の名古屋駅から乗車することにした。終点というと難波や賢島になってしまうので、とりあえず「津」までとした。孫とは特に何も話さずに、50分くらい、ただ、二人でボーッと乗っているだけである。

                   

                   年寄り相手に多弁になるような、小学校二年生の男児というのは、あまりいない。ときどき、「山だねえ」とか「けっこう速いねえ」などとつぶやきあう。津駅について、いちど改札を出て駅の周囲30mくらいを歩く。30分ほどして、復路の切符を買って、構内のコンビニで、彼は つまみ(おいしいので)を買い、ビスタカーに乗る。キャッキャと騒ぐでもなく、淡々と一緒に電車に乗っているのだが、ボクはそれが好きだ。復路は車内販売が回ってきてくれたので、ホットコーヒーとコーラを買うことができた。彼はどう思っているか分からないが、付き合ってくれることにボクは感謝しているんだ。

                   

                   ボクは家の中でじーっとしていることがあまり好きではない。だからといってずっと外にいるのも疲れるので、二〜三時間外に出かけるのがいい。テレビは大好きだが、最近は誰かが言っていたように、ほんとにつまらないバラエティーが多くて辟易する。BSでやっている昔の浅見光彦シリーズや十津川警部シリーズを録画して、CMを飛ばしながら見るのが好きだ。最近はNHK超AI入門のシリーズ1,2,そして3の途中までをまとめて見た。

                   

                   閑話休題。孫たちが来てくれて、出かけることが多くなってうれしい。ただボーッと出かけるだけでいいのだ。この先、こんなボクにいつまで付き合ってくれるか分からないが、男の子はいいなあと想う。担任を持っていた時代も、男の子は「バカ」だけどおもしろいなあと想っていた。自分の息子はそんなこと想う余裕もなく、子育てと生活で毎日が必死だったからだろうと想う。

                   

                   孫は確かに可愛いけれど、一緒に電車に乗ったり、工作をしたり、 将棋をさしたりするという「同じレベル」で付き合えるのが面白いのである。息子や娘と違って、近すぎることもなく、学校の子どもたちほど遠すぎもせず、なんだか良い距離にある。教育とか保育とか子育てというのは、大人と子ども、人と人の距離を近すぎず遠すぎずという関係の中におもしろさがあるような気がした。そして、その距離に見合った付き合い方ができれば、きっと気分よく充実する気がする。

                   

                   令和になったとかどうだという番組が多すぎると想った。お祝いというが、なんだかなあ。昭和も平成もまだまだ残してきた課題が多すぎるのに、それをチャラにするような気分にはして欲しくない。令和といって、浮かれている場合じゃないだろうにと想う。年末やお正月なら、一年の無事や新年の意気込みを思ったりすることもあるだろうが、元号なんて、もともとは国家権力の時間と空間の支配ツールだったわけで、「令和になったんですか、そうですか」でオシマイでよいのではないのか。「レイワ」で思い出すのは、「0はいくつ足しても(0の和は)0なんだよ」と、教育と民主主義を数頼みで考える人たちを批判していた数学教育の現場人だった故・新居信正さんを思い出す。

                   

                  ボクはそんなことより、孫たちがどんどん大きくなることにとても感動したし、元気な姿を見て気分も明るくなった。子どもはやっぱり、それなりに元気が良い。

                   

                   

                   

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                    4月10日(水)『お・は』イベント、島村きよみ政策集会  

                    • 2019.04.10 Wednesday
                    • 10:51

                     

                     土曜日の6日は町田市で『お・は』104号「発達障害本の記念イベント」で脳科学者の山口和彦さんといっしょにお話をする。

                     

                     今回本には書かなかったことをまず話す。といっても特別なことではない。いろいろな新しい教育システム・教育内容などが、結局「同じ」をめざして「一緒」を駆逐するという筋道を立てているような気がするということだ。

                     

                     特別支援教育の支援がクローズアップされることによって「よりよいサービスがありますよ」という「あまい汁」で分離と隔離の教育へ誘引していくことになり、結果的に「統合」「交流」「通級」も減って、インクルーシブ教育にはなっていかないということなのだ。名古屋でもそうだけど、東京でも特別支援学級が減って、特別支援学校が増えるというようなことになっている(なっていくんじゃないか)と思う。かなり重度の障害を持っている子どもたちと、いままで地道に、まじめに研究して、付き合ってきた教師たちにも最近とまどいがある。

                     

                     フロアーから「教室の前面に気の散るものを置かない」というスキルが親の側からも出てくるようになったが、腑に落ちないとの話がある。つまり、特別支援についてのスキルはあくまで子どもを見ながらの話なのだが、支援の教科書に書いてあるようなことが、一般化どころか普遍化されているのだ。気が散るのが子どもなのではないか。雪が降ってくる窓に「あ、雪だ」と押し寄せる子どもたちは「変なの?」と言いたい。雪が降ってきても、気が散るから窓には暗幕をしましょうなんて言わないだろ。……しかも「合理的配慮」などと言われて。しかし、そういうマニュアル的なことは「合理的配慮」であるはずもないと参加者からの意見がある。ボクも本当にその通りだと思う。「合理的配慮」を意味も分からずに安易に使うな!とボクは思う。

                     

                     この「気の散るものを置かない、掲示しない」というが、ボクはまじめに、本当にまじめに「気が散っても良いじゃないか」と断然思う。最近、教室に季節の花を置く先生が激減している。自分が担任をしていたころ、子どもが持ってきてくれたり、自分でチューリップを買ったりしてね。今なら春だから花瓶に、菜の花を入れたり、蝶などの虫の絵を貼ったりしていた。秋ならすすきだ。つまり、季節感のある教室はいいじゃないかと。

                     

                     でも「子どもにとって教育的」なんぞという大上段に構えたということではない。子どもが花瓶の花を見て癒される(笑)なんてことはないだろう、多分。でも、生活の空間である教室に季節感があるのは「常識」なんだと、ボクでさえ思っていたからなあ。花より団子なんだけど、花がなかったら「団子」だけって、なんだか寂しいじゃないかということだ。

                     

                     山口和彦さんは、ほんとにきちんとした専門家だった。『お・は』に書いてもらってよかった。脳の仕組みについて「わかっていること」「わかっていないこと」「今のところで予想できること」「可能性を否定できないこと」「まちがっていること」などなどをきちんと分けて話をしてくださった。そして、「人間はいろいろです」ということをなんだか愛!(笑)をもって話してもらった。ほんといい話だった。

                     

                     微妙な話を分かったような断定口調で話すメディア専門家の話を聞きたくなくなる。そして、やはり人間は不思議なんだなあと思う。分からない事はいっぱいあるんだと。そして、ボクは思うのだ、『子どもってワケわからん!』でいいのだと。

                     

                     翌日は午後から地元の議員だった島村きよみの政策検討イベントに参加した。一時間ちょっと別室で10人くらいの市民(知人多し)と学校の話をした。その後、200人以上の参加者と一緒に島村さんの政策を聞き、教育政策について15分くらいコメントさせてもらった。とにかく、カネもない、カネを使おうともしない文教政策の中では、県や国から「忖度」たよりのコネを使って、地元にお金を恵んでもらうような政策、地元に企業誘致して税収を上げよう……などという、終焉を迎えて幾久しい高度経済成長型の発想は辞めなければならない。やはり、熟議のために現場の校長でなく教育委員会でもなく「一般教員」「保護者」そして「子ども」に意見を出してもらうという現場の声が必要なのだ。

                     

                     彼女が行政のリーダーになってくれれば、市民も動き甲斐がある。何かを頼んでおんぶにだっこでやってもらうのでなく、市民が何かをやるために応援をしてくれるリーダーがいいのだ。カリスマなどいらない。必要なのは伴走してくれる、そして応援してくれる行政組織なのだ。「田中角栄」を期待する時代はとうにすぎた。「昔はよかった」などと言ってる時代はすでに終わり、この五里霧中の中で「他者を尊重し、寛容につつましく生きる幸せ」を創ることだと思うのだ。「強いリーダー」に憧れてはいけないのだ。

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