4月17日(火曜日) 4/15 父親のコンテンツ 「ウンコのおじさんトークショー」

  • 2018.04.17 Tuesday
  • 17:18

 

 日曜日、新宿ブックファーストで宮台さんと尹さんとボクでトークショーをしたのだけれど、毎回おもしろい。聴衆は満席20名余。新宿西口から迷わずに本屋さんに行くことができた。到着が早く、二人を待つ。聴衆は老若男女いろいろの個性的な方々(笑)。

 

 今回はいつも以上に、ボクは話題をいくつかチェックしていった。それを二人に順番に振っていく。最初は、父親の悩みとして、「家庭の中で父親の存在」というものについて話をしてもらった。共通認識としては、父親は母と子の間にはいり、社会性を家庭に持ち込むのだという。ごくオーソドックスな父性論がある。それ自体は「父性」を「父親」に限定しなくても良いわけで、「ウンコのおじさん」はその社会性・地域などと家族をつなぐ位置なのだ。それをどうとらえリアルなところで現実化するかということを考えた。。

 

 宮台さんの話は具体的で、ご子息とのやりとりの中で、「コンテンツ」ということが中心になった。以下は、ボクの解釈ですが、つまり、子どもと父親(母親も同じ)の場所をどう作るかということだ。場所という感覚は時空だけのことではなく、そこで営まれる行為をどう構造化するか、あるいは構造化しないかということが迫られる。……などというと難しくなるので簡単にいうと、子どもから尊重されるような人間関係を作れるような内容=コンテンツですね、それを父親は身に付けているかが問題なのだと。

 

 宮台さんのコンテンツは、昆虫だったり、怪獣だったり、アニメだったりする。それを子どもとの場所をつくるためのコンテンツとするわけだ。これは、「なあんだぁー」と思うかもしれないが、単純に子どもの興味に迎合する、つまり子どもにサービスすればいいということとは全く違う。宮台さんの話を聞いていると、子どもに「迎合」していない。これは重要なところだ。子どもと付き合うときに「主従関係」「共依存」「所有するものとされるもの」という関係性以外を求めるのだ。サービス論を超えなければならない。

 

 子どもの知的好奇心や内発的な動機と共振するようなものを父親が持っているか!ということにつきる。父親の自己中的趣味に子どもが付き合わされているのではない。子どもが親を尊重しながら「楽しめるか」ということだ。「どうだ、虫ってすごいねえ」と子どもと驚嘆しながら、同時に父親を横目で見ながら「おやじもけっこうイケてるなあ」と子どもが思うかどうかなのだ。これは、けっこうハードルが高いけど、本質的だなと思った。

 

 性愛の話でもけっこう盛り上がったけど、性教育については「お互いを尊重できるかどうか」が決め手ですねと断じた。それ以上でも以下でもないなあとボクも思った。ボクはけっこう男子に性の話をしてきたが、究極のところは、相手が同性であれ異性であれ「尊重」できるかということだと思っているので同感。損得勘定で生きていれば、相手を尊重なんかしないよね。相手と付き合うことで、損するか得するかみたいな話はクソ(失礼!)ですねということだ。

 

 隗より始めよというのは基本ですね。

 

 今度は5月27日日曜日午後2時受付2時半開始、午後5時終演。世田谷教会で、一応くぎりの「ウンコのおじさんトークショー」です。ぜひ来てください。問い合わせはジャパンマシニストまで。

 

 

 

 

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    4月7日 土曜日 給食の時間がゆっくりにならなければ…… 「いいこと」の抑圧

    • 2018.04.07 Saturday
    • 13:41

     

     一昨日、亡くなった恩師の奥様と自由すぽーつ研究所所員全員で焼き肉を食べたが、ボクはたくさんは食べられなくなっている。常日頃、「教員の早食い」という癖をやめるようにと同居人に厳しく指導されていたので、じっくりゆっくりと肉をかんでいると、すぐに満腹になってしまう。それ自体は良いことなんだろうと思うが、担任を持って仕事をしていたときは本当に今以上に「教員の早食い」だったなあと思う。

     

     働き方改革とか言ったって、結局は教員のブラック労働は変わらないだろうな。

     

     最近の「ブラック部活動」の話題だって法的には「顧問やめます、やりません」と言えば、あるいは書面で出せば、やめられるのだ。もちろん、人間関係上やめられないという先生も多い。でもね、職員室で「自分を縛る人間関係」を「重要」だとか、優先順位を「優位」にしなければいいんだよね。そうすれば問題はない。……と言っても、「それがなかなかできないんです」ということなんだろうから、偉そうには言えないけど。

     

     経験上言えることは、そんなことで壊れるような人間関係などいらないと思った方がよほど気楽に仕事はできる。褒められたくない人、認められたくない人に、自分が褒められたり認められることほど嫌なことはないのだ。自分が嫌な奴には、自分も嫌がられた方がいい。シンプルでしょ。

     

     ブラック部活をなくす、あるいは軽減するために、文科省や教委から「通達・通知」が出ているようだけれど、本来は現場自身で縮小あるは廃止あるいは適正化するような「現場力」が必要なんだよなと思う。これは幻想でなく原則だと思う。強い部活顧問や偉そうな部活顧問の発言力が強いことが問題なのだ。むろん、今回の文科省などの動きは、現場の問題提起や改善署名などの積み重ねなんだけれど、実は現場ではまだ依然として、部活動について相対化できているわけではない。名古屋も小学校の部活動は廃止の方向性が出て、スポーツ少年団もないところで、どうやって受け皿つくるか……みたいな話が出ていて、若干現場は混乱している。でも、部活問題は中学校の方が本丸なので、そっちはまだ時間がかかるだろう。受け皿考えていたら100年かかる。

     

     自分自身は部活はもともと趣味としか考えていなかったし、いまでもね。自分の健康のためにも部活を適当にやってきたので、帰りがさほど遅くなることもなく負担だと思ったことはなかった。子どもたちも適当に参加してくれてうれしかった。土日はやらなかった。一番大事にしていたのは「チームが強くなるために頑張ること」を押しつけないということだ。楽しくやろう!だけ。自分自身が親になり子育て期間に入ったら、部活顧問を速攻でやめた。

     

     最後の勤務校で、元気な女子がサッカー部を立ち上げるから、その顧問になってほしいと言われたときはかなり迷った。そのときの女子サッカー部は、10人弱で、子どもたちはキャーキャーいいながら週に一日〜三日やっていた。完全なレジャーで。しかも、そのころは、ぼくは見ているだけだった。教えてくれと言われたときだけ教えた(笑)。本務でないことは、子どものためと先生のためとが半々くらいでちょうどいい加減なのだ。

     

     結論的には部活なんかより「教員の早食い」がなくなるくらいの働き方改革が教員には必要だ。ボクは給食の時間に日記を見たり、丸付けしたり、片付け仕事をしたりしていた。だから五分くらいで食べてしまい、子どもが静かに食べているウチにその日にやらなければならないことをした。連絡帳の返事などはその時間か、休み時間しかない。それでも、そういう仕事がない、めずらしいときの給食時間はどうしたか?

     

     子どもとおしゃべりしていた。テレビ番組やおもしろ事件などリアルタイムで楽しい話題で話した。子どもたちもときどき、食べるのも忘れて話に夢中になってとても良い時間だった。だんだん、給食の時間に実務的な仕事するのが馬鹿らしくなったので、早食いはなくならなかったけど、食べた後はできるだけ、「まったりとすごす」ことにした。

     

     低学年のときは、給食の時間に、牛乳びんの丸い紙のふたの裏に油性ペンで可愛い(あるいはおもしろい)子どもの顔を描き「わたしは元気な子」とか「わたしは勉強大好き」「ボクは野球がとくい」などとコメントを入れ、裏に安全ピンをガムテープでとめ、名札の上や横に留めてやった。「ほしい人?」と聞くとみんな手を上げるので、一日に2〜3つ位を作ってやった。一人ひとりみんな違うので、作りながらもおもしろかった。ボロボロになるまでつけている子がいて、気に入ってくれたのがうれしかった。

     

     このふた遊びはけっこういいなあと思って他の先生にも勧めたけど、余計に忙しくなるので「無理ぃ〜」と言われてしまった。根本的に忙しいのは、教える中身が多すぎることにある。持続可能な教育活動と学習活動を考えるべきなのではないか? いいことだからとどんどん詰め込め!というのは、「いいこと」が過剰になれば抑圧になるという原理が理解できないからだろうと思う。

     

     

     

     

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      3月29日「ウンコのおじさん」トークイベント in 池袋ジュンク堂

      • 2018.03.30 Friday
      • 17:12

       

       昨日、池袋ジュンク堂で宮台さん尹雄大さんとトークイベントを午後7時半からした。テーマはとくになく(笑)、最近ジャパンマシニストから刊行した『ウンコのおじさん』の本をネタに家族から父親論、若者論などにわたって果てしなく続くような、結局90分間弱のイベントだった。

       

       ボクは池袋ジュンク堂になかなかたどり着くことはできなくて、東京メトロで池袋駅39番出口とだけ念じながら地上に出たのだが、まったくジュンク堂が見当たらず、結局うろうろと20分くらいさまよってしまった。昔は池袋の西口のホテルによく宿泊していたのだが、やはり、習慣的に、しかもパブロフ的反射では新しい場所へはすんなりと行けなかった。

       

       最初に宮台さんは最近乗船したピースボートでの若者向けの恋愛論性愛論をレクチャーしたのだけれど、そういう話に若者が寄ってこなくなってしまったのだということを話した。つまり、若者が「なさけなくなってしまった」ということなのだと、とりわけ性愛へのエネルギーが低下していて、それの理由はおそらく「コスパ」や「費用対効果」(尹雄大さんの話)を恋愛に持ち込んでしまっているから「怖がってしまう」のだろうということだった。

       

       宮台さんは最近ずっと「損得で生きる」ことの危険性やつまらなさを訴えてきているが、納得できる話だった。さらに、子どもを育てる話になると、親が子どもを抱え込んでしまうことの危険さにも言及した。これは、ボク自身もかなり明確に言えると思うのだが、宮台さんは子どもの育ち方において、囲い込みはいいことがないという。ボクは親にとってもよくないというか、子育てがしんどい話になっていくのではないかと思っている。

       

       最後に社会規範の話になったけれど、良きにつけ悪しきにつけ、規範をどうやって身に付けるかということが道徳の授業なのだが、それはやはり難しいだろうなあとボクは思っている。つまり、社会規範はリアルな生活の中でしか身につかず、その社会規範にどう向き合うかと言うことについては、価値観が多様化しているので「教養」の見直しが必要だと思っている。

       

       「教養」は元々一部階層のプライオリティーとしてであったけれど、一般庶民つまり、ボクらの中で積み上げていかないといけないのではないか。人権とか民主主義については、すでにある完成された既成の概念としてでなく、それをいろいろな側面で歴史や社会を考えながら論じられるようにするべきだ。

       

       トークの後で、サイン会が催されて、何人もの人には『おそい・はやい・ひくい・たかい』も買っていただいた。今回のお客さんは30人くらいで、年配の男性から若い女性までいろいろと来てくださった。リピーターというか、常連さんもいてとてもありがたいことだ。宮台さんの歯切れのいい論議と、尹雄大さんの分かりやすいが本質的な話に同席できたことがうれしい。

       

       九時半ごろになって、おなかがすいたので編集部の人と食事をいただいて、ゆっくり話もでき今後も本音で頑張ろうと思った。最近は、自分の文章に毒がなくなっているのではないかと感じることが多くなった。周囲への「忖度」(笑)なんだろうなあと思う。

       

       今度の『おそい・はやい・ひくい・たかい』101号は、ほぼボクが書いたもので埋め尽くした。昔書いた文章もたくさん入れてあるが、なんだか昔の文章はいいなあと自画自賛(笑)しているので、お楽しみに。20時間の名古屋ー東京往復旅だった。

       

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        3月21日(水曜日) 卒業式は 華美? 地味? しょうがないこと

        • 2018.03.21 Wednesday
        • 10:05

         

         昨日3/20火曜日は、勤務校の卒業式だった。11時半の送り出しだけは参加しようと思って出かけた。会場の体育館ではすでに呼びかけが始まっていた。こっそりとギャラリーの上からのぞいてみたが、元気なみんなを見て「やれやれ、とりあえず卒業だな」と思う。袴姿の女の子もけっこう多かった。

         

         袴についてはこの時期になると話題になる。子どもたちはただ「着てみたい」のであって、深い意味などないと思う。ファッションなのであって、大人が思う「華美」「高価」というような価値観で子どもは見ていないので、ダメ出しがしにくい。ただ、これはなんでもそうなので、スマホだってゲームソフトだってなんでも「子どもは欲しがる」ものだ。それに応えるか、応えられないかはひとえに大人の問題である。

         

         卒業式の袴を「規制」しようという市教委の動きがあると聞いたが、実際には「禁止」という字句は使いにくいだろうと思う。袴を望ましくないと思っている大人は、「小学生の卒業式にふさわしくない」「高価で、着せたくても着せられない家庭もあることを知るべきだ」「トイレなど動きに問題が出るので教員が大変だ」などなど大人の理由を挙げる。

         

         私は「どっちでもいい派」なので、ご家庭で考えてくださいとしか言いようがない。それと自分のときは「先生は着付けもできないし、トイレも付き添えないのでそれは覚えておくように」と話したことがある。これは、どんな衣装でも同じだから、毎回言っている。以前、つけてきたコサージュが壊れて大変なことになった覚えがある。その子は卒業式が始まる前から泣いていた。

         

         ところが、じゃあ部活のユニフォームじゃいけないでしょうか?ということになると、これも「よろしくない」ということになる。卒業式の厳粛さと儀式の意義に照らし合わせて「望ましくない」ということになる。ぼくが「べつにいいんじゃないの」といって職員会で顰蹙を買った。親や教員としては「中学校の制服」は指導が一番ラクで悩まなくてもいいということになるが、最近は進学する中学校も違う子がけっこういるので、これもやっかいだ。「うちの子は私学受験に失敗したので、中学校の制服なんかとんでもない。合格した子の制服を見るだけで傷つく……」って冗談(これはけっこう本気の顔)で言われたこともある。……やはり「卒業式廃止、証書は郵送」だな(笑)。

         

         卒業式は心込めて子どもたちのための最後の授業なのだから、オカザキセンセみたいにいいかげんなきもちでやってはいけません。と、よくおしかりを受ける。いくらしかられても、ぜんぜんわかんな〜い!んです。もちろん、日本全国いろいろな卒業式があるから、みそくそいっしょにしようとは思わない。だが、それでも、卒業式はやめられないのなら究極簡便がいいと思う。

         

         閑話休題。袴をどうするかと各家庭でいろいろと論議することは確かにめんどくさい。親の意識やセンスも大きいし、「あの子だって着てるもん」「卒業式くらい着たい」という子どもの無邪気な声を無視するのもつらい。お金だってピンキリとはいえ負担だ。「他の服だってお金がかかるんですから……袴の方がセット料金で……」とほんとうに悩ましい。「先生がダメって言ってくれたらうれしいし、助かります」という声はよく聞くよ。(よくきくよ:回文だな)

         ううむ、先生が悪者になるのかぁ……。でもなあ、親が子どもと話し合って解決しないと、これからもっと大きな事態・岐路が待ち受けているような気がする。

         

         袴を着ている子どもに「千歳飴を持たないのか、必要だろう」と言っても、ジョークにならないのだが、最近の袴は華美だよな。で、華美でいいじゃないかと思う。だって地味だったら着る意味がない……そう子どもたちは思っているような気がする。非日常的な袴を着ることで、ちょっとテンション上がるおもしろさに思春期前期の子は敏感なのだ。コスプレだってあったなあ、深いスリットの入ったものもかっこよかったよな、名古屋嬢はすごいんだぞ!いろいろと。男子も中学校だと白い制服とか、裏に金の刺繍の入った学ランとか……。

         どんどんエスカレートしていく可能性はある。新自由主義的な文化の経済化である。

         

         卒業式の服装で思い出すのは、担任していた一人の男の子が、卒業式当日、朝、登校したとたんに家に帰ってしまったことがある。「みんなが、いい服をきていたから」というのが理由だ。彼の家庭はまずしく、新しい服など用意できるはずもなく、卒業式といえどもいつものちょっと薄汚れた普段着で登校したのだ。ところが、友だちはみんなそれなりにパリッとした、折り目のついたズボンをはいている。それを見て、自分がみじめになり帰宅してしまったのだ。結局他の先生の子どものはいていたズボンを緊急で調達して、家まで迎えに行き履き替えさせ、式に参加してもらったのだ。そんなことが40年前の時代にはあった。でも、ひょっとしたら今でもあるのだと思う。自分には見えていないだけで、多分。

         

         たった一日のことなのに、たった一日のことだからこそ。やはり、卒業式はできるだけ簡素化、できれば、やめたらいいと思ってしまう。卒業式の厳粛さなんてもう死んでいる。結局、学校のよどみなのだ。

         

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          3月11日(日曜日)ニイルの教育の原理を考えると……いうことを聞かない子どもたち

          • 2018.03.11 Sunday
          • 17:19

           

           ASニイルというイギリス・サマーヒルの創立者がいる。私が若い頃、いや、今もときどき読み直しているのだが、自由教育を実際にしながら多くの教育について思索し著した人だ。当時はフリースクールの先駆けと言われていたが、今となれば、フリースクールという概念では、ちょっとくくれないなあと思うようになった。

           

           全集など著作もいくつか出ているが、私がちょうど教員になった1976年に発刊された『クビになった教師』という本を、自分の仕事を思い出し、今を反省しながら、また読み直してみた。当時1976年4月に発刊されてすぐ11月に購入して読んだのだが、衝撃というより、「やっぱりな」という感じがしたことを覚えている。今再読しても「やっぱりな、ニイルはすごいな」と思う。

           

           ニイルはしつけを排し、子どもの自由を尊び、その結果、保護者の怒りを買い、免職となった。新任だった私も、たいしたことはやっていないのに、正直「クビになるかもしれない」と思っていた(笑)。クビになったら父親の仕事(旋盤工)をするしかないかなと思ってはいた。(幸い、軟弱でクビにならずに続けたけれど)そんな危機感を自分では持っていた。ニイルのような、真の子ども中心主義は、危険思想なのだ。今のような、「子どもは大切だ」「子どもの気持ちを大事に」は口先だけだから(私もその部類に入るか?)結局、無難なところでやっているにすぎない。

           

           もちろんニイルは理想主義者ではない。現実と常に緊張関係を持っているし、でなければ、サマーヒルの運営もままならなかっただろう。ただ、自分に信念を持っていても、それを絶対だとか普遍だとは思ってはいないと思う。微妙なバランスで過激(笑)なのだ。名作『問題の子ども』をはじめ初期の全集(全10巻)は8巻『自由は放縦ではない』とこの10巻『クビになった教師』だけ残してあとは処分してしまった。もちろん、新編集の『ニイル選集全五巻』はすでに以前購入済みなので大丈夫なんだけど。

           

           子どもがちっとも親(教師)の言うことを聞かないというとき、親は「親のいうことを聞くのが当たり前」だと思っているが、それが間違いだとニイルは指摘する。自分を尊重しない親のいうことなど聞く方が間違っていると断じる。隣のおじさんに頼まれて草取りをするけれど、自分の家の草取りをすることは嫌がる。それは、隣のおじさんは、自分の親と違ってちゃんと「お願いだ、草取りをしてもらえないかな」ときちんと頼むし、終われば感謝するからだとニイルは言う。だから、親子といえども対等な関係が必要なのだと。

           

           なんだか、本当に基本的な話なのだが、私は、納得してしまうのだ。教師をやっていて、子どもと対等ということはどういうことなのだろか?とずっと考えてきた。ニイルの事例は分かりやすいが、これだけではなく、その他にもたくさんの事例が挙げられている。だから、それほど単純でもないことが分かる。現場で子どもを相手にしていると、そのつどその場の状況や力の関係、お互いの気持ちやいままでの関係、そして、教師として何を大事にしているのかという原理がとても重要だと分かる。

           

           道徳教育や道徳論議、それに生活指導などが陳腐になってしまうのは、多分、私たち教師(大人)が陳腐だからではないかと思うのだ。ニイルは「教育は人生どう生きるべきかを考えることを教えること」だと言う。「人生の意味を考えることを教えるのだ」と。それは当然、子どものまわりにいる大人がどう生きているか、どう暮らしているかが一番大事なのだということだ。ニイルの言葉は厳しいなあと思う。

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            2018/3/3 土曜日 心がざわつくこと と 椎名誠の本

            • 2018.03.03 Saturday
            • 12:17

             今まで、時々だけれど、理不尽だなと感じることに怒ってきた。50歳までは怒ることが多かった。職員室で前に座っている女性の先生に「岡崎せんせいは、怒り出す十分前くらいにわかっちゃいますよ」と笑って、言われた。周囲の人は気づかないらしいが、確かに怒りがわいてくると、「ちょっと落ち着け!」と言う天の声がするから、しばらく、助走する(笑)。その同僚は鈍感そうに見えて、とても敏感で繊細な人だったから分かったのだろう。ま、いつも向き合っているわけだから。

             

             あるとき毎年やっていた知能テストに私は反対していたのだが、突然「今年ややめます」と管理職が言った。そのときは、なんだこのやろーと思った。「なぜやめるんですか?」と聞いたら、「名古屋市でそう決まりました」という。ばかやろーである。そのまま、そいつのところへ歩み寄り、「去年まで私が反対していたのは知っているよね、そのとき必要だ必要だと主張していたのはあんたらだろ。そのいいかげんさはなんだよ……とことん実施しろよ!」とだいぶ腹が立った。でも、声で怒りながらも、心の中心は冷めているので、暴力沙汰にはならない。

             

             50歳まではけっこういろいろと怒った。けど、それ以降はいろいろなワケがあって、怒り方が変わっていった。それはいずれ。で、ときどき、怒れることがある。しかし、自分が年上になってしまったので、「若いからしょうがないか」と思えることも多くなった。でも、やはり、間違っていることは間違っているので、そのことははっきり言うことにしている。だから、ちょっと嫌われるかな(笑)。

             

             理不尽だと自分が思うと、心がざわつくのだ。そのざわつきはいずれ収まるけれど、けっこう大事にしてきた。突然、椎名誠の本にそんなシーンがあったなと思って探した。

            ありましたね。『新橋烏口青春篇』1987年新潮社164頁(文庫ではないです)あたり。

             

             会社へ入ってしばらくして主人公(椎名誠)はあまり好きではない上司たちに誘われて、お昼を一緒にとることになる。狭い店の中でみんななんとなく上司にあわせて「天丼」を頼む。しかし、椎名誠はメニューを見て穴子定食が食べたいと言うが、木っ端役人風の先輩が、「時間かかるよ、そういうの」といい、「ほら、早く早く。天丼でいいだろう」と言って天丼を頼んでしまう。そのとき椎名誠は「すこし、コメカミのあたりがつんと痛くな」るのだ。結局すぐに、「いらないや。めしいらない」とその食堂を出て行ってしまう。

             

             このあたりの描写は本当にいいなあと思う。たかが穴子定食なんだけれど、問題は無理矢理、かつ当たり前のように穴子定食を天丼に変えてしまう馬鹿な上司への怒りなのだ。体験しないと書けない話だ。こういうところにムカッとくる気持ちはすごくよく分かる……というか、「そだねぇー」なんてもんじゃねえぞ!。

             

             学校という職場で若い頃から、このいらだちがたくさんあった。朝の打ち合わせ、職員会、研修会議、学年会……いっぱいあった。一番最初は、職員で行く研修旅行と称する懇親会的旅行だった。当時は、出入り業者から受け取っていたリベートみたいなものがあった。それをプールしておき研修旅行費に足していた。で、新任だったボクはそれを知って「行かない」と言ったのだ。すると、集団で免責されないことに困った管理職に取り囲まれて、一緒に行くんだと言われ、一年目だけ行った。その後しばらくして、リベート問題が市全体をゆるがし、ボクも証拠の会計簿をコピーした。そして自腹で(あたりまえだ)行くことになった。すると、参加者が激減した(笑)。そんなもんです。

             

             細かいことかもしれないが、「変だな!」と思うかどうかは本当に微妙なその人の価値の枠組み次第なのだ。一方から他方を見れば「鈍感」だし、逆には「気にしすぎ」ということになる。ただ、やはり、まずいことはまずいのだ。学校の職員室が平穏平和になったのが、もし「怒らねばならないこと」に怒らなくなったとするなら、それは決して平和とか平穏ではなく、たんなる堕落でしかないのかもしれないなあと、ちょっと思う。

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              1月25日(木曜日) しつけもいいけど、やはり、遊びかな! 小さい頃は……

              • 2018.01.23 Tuesday
              • 21:56

               

                この写真は1956年くらい。左から3番目の頭と目だけ見えるボウズが私、おそらく5歳くらい。名古屋市の港区の田んぼのまん中に突然できた幼稚園である。かなり、貧しい家だったが、やり手(笑)の祖母のおかげで、母が私を設立二年目のこの「くれたけようちえん」に、三歳児で入園させた。七つ下の妹も通った。周囲は畑や田んぼである。

               

               この幼稚園は、今も健在。園長先生は地元歯科医のお連れ合いだったと思う。正直、この時代に幼稚園バスはすごい。しかも、かなり自由な教育だったような気がする。つまり、好きなことをやっては、そのつど怒られていたことを覚えているが、厳しくても優しかったのだろう、楽しくてしょうがなかった記憶しかない。火遊びや、エスケープ、空き家(小屋)侵入、畑の収穫物の奪取などなど。常に叱られていたが、なぜか、やさしい先生の顔しか覚えていない。

               

               どこまで確かで事実か分からないが、入学した日に、一足先に入った友だち(やすい君)と三歳児教育的なグループに入り、一日中、大きな積み木で遊んでいた記憶がある。とにかく、はじめてみた巨大な積み木(とてもシンプルな木の立体模型のようなもの)に興奮した記憶がある。

               

               四歳のときには、クリスマス会のときに「金の卵を産むあひる」という童話をみんなの前で「語り聞かせ」をした。これは母親のメモつきの証拠写真がある。当時、さるかにがっせん、うらしまたろう、などなど、いくつかの童話や物語を暗唱して、仲間の前で語り聞かせをした記憶がある。「まさるくんは、しかられても、泣かない」と矢沢先生に言われた記憶もある。

               

               当時「名犬リンティンティン」というコリー犬が主人公のテレビドラマをやっていたが、幼稚園で「名犬リンティンティンごっこ」がはやった。そのとき、その犬の役をよくやった。とりあえず、主人公なんだから犬でもいいやといことだったと思う。しかも、四つん這いになってワンワンさけびながら走っていた記憶もある。

               

               「お母さんは、まさるくんのやったことで近所に、しょっちゅう謝りに回っていたんだよ!」と近所のおばさんたちによく言われた。とにかく、もうしわけないくらい、いい子ではなかったらしい。ただ、元気に活躍するというか、楽しめる場所を与えてくれていたこの幼稚園には、今、感謝しかない。

               

               今も思うのだが、やはり幼い頃は「しつけ」もいいけど、なんといっても「あそび」だと思うのだ。そういう環境に自分は恵まれていたと思い返す。当時、子どもたちは、ちょっとおなかを空かせながらも、ずいぶんしっかりと遊んでいたように思う。そのしっかりと充実した外遊びは、既製の遊び場でなく、周囲全体が遊び場だったのだ。この幼稚園の子どもたちも周りの田んぼや畑に入り込んで遊んだ。仲間は、いわゆる「肥だめ」に何度も落ちたり、足をつっこんだりしていた。ぼくもおそらくそうだっただろう。糞尿で臭くなった、靴を棒にさして、逃げ回る友だちにくっつけて遊んだこともあった。

               

               今、時代は変化し、街も社会も人間関係もすべてが変化している。ノスタルジーと言えばそれまでだけれど、このデジタルエコノミーの時代に育った子どもたちが、ぼくの年齢になったら、何を思いだし、何を懐かしがるのだろうか? 大人達を困らせるくらいの遊びやいたずらをしないとしたら、いったい何を思い出すのか。

               

               母は当時、給料が少なく、お昼ご飯を抜いて、節約していたらしい。ぼくが帰宅してからの、わずかなおやつを一緒に食べるのが楽しみだったと……それを最近知った。戦後十年のみんなが貧しい時代とはいえ、賢明に生きることができた時代は、やはり「それなりにいい時代」だったのかもしれない。

               

               今、子どもや親、そして私自身が「賢明に向き合うに値するもの・こと」が何か? あの時代にくらべ、なんと複雑で面倒なことだろうか? 2018年もなんとか「それなりにいい時代」だと言えるようにしたいものだ。わたしたちはどう生きるか?

               

               『君たちはどう生きるか』が最近また読まれるといってもなあと思う。(マンガを読んだら、原文をどうぞ!といいたいのだが。ぼくは、はじめは岩波文庫で、十年前に、文字の大きいワイド版で再読しだのだが。まだ、マンガは)

               

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                2018年1月7日実施 おもしろ学校冬の研究会

                • 2018.01.09 Tuesday
                • 20:19

                 

                まず、来週のトークイベントについて。14日の日曜日の午後三時から名古屋のロフト(地下鉄矢場町駅)の七階ジュンク堂書店でボクと仲間二人と一緒に「トークショウ?」をする。テーマは「体育、スポーツ、オリンピック」だけど、スポーツと教育の管理問題や部活のブッラク問題についても話そうと思う。

                 

                 このイベント、元々は、恩師の影山健(愛知教育大学名誉教授)が2016年6月に亡くなり、その記念論文集『批判的スポーツ社会学の論理』(ゆいぽおと)を発刊した記念の催しである。下のサイトに詳しいので、時間のある人はぜひともおいでください!

                 

                https://honto.jp/store/news/detail_041000023757.html?shgcd=HB300

                 

                 今週の日曜日は恒例の一日学校ごっこの冬の研究会だった。メンバーは10人足らずで午後から夕刻までの四時間。休憩は適宜とることにして30分くらいをめどに報告や論議をすることにした。

                 

                 ボクの独断と偏見で簡単に紹介してみる。

                 

                1) 英語教育を楽しく……とはいうけれど。ということで、特別支援学級での英語の授業をこんなふうに面白くしているという報告。だが、問題はその工夫にあるのではない。報告者はいろいろなスキルを持っているし、腐るほど(腐っているかもしれないような)研究・教材の資料をあさって、工夫し利用してきた。だが、ほんとうに、英語教育が小学校段階で必要なのか?という疑問だ。なんだかなぁという。

                 

                 年二回の「一日おもしろ学校ごっこ」では、今まで英語を取り上げたことはない。それは、みんな「なんだかなあ」と思っているからだ。このなんだかなぁはボクもある。だって、外国語がなんで英語だけんだよ。これから、英語が必要だったら、そういう「必要」だと思う人がやればいい。

                 

                 必要性を感じていない子どもたちに押しつけるとすると二つの道しかない。一つ目は「楽しく、おもしろくする」効果や成果は二の次。もう一つは、いかに必要で重要かを教える側が信じ確信して、押しつける。この二つの道だ。もちろん、両方ということもあるが、楽しくて語学がどんどん身につく方法があれば教えてほしい。英語教材の営業宣伝じゃないんだから、適当に言ってもらっては困る。

                 

                 ボクは、英語教育をするならまず、指導者が「英語帝国主義」と「言語論」を少しは頭においてやるべきだと思う。今のような「日常英会話」なら、学校の授業を英会話スクールみたいにして、外部講師インストラクターを入れ、お願いして任せ、教員に空き時間を与えた方がいい。

                 

                2)医学の常識を問い直す。というメンバーの医師の話。いつも「目からうろこ」というよりは、「ガケからついらく」という話ばかり。さまざまなサプリや栄養素などが、言われているほど効果ないということ。

                 

                 話の肝は、「まず、効果があるかないかというのははっきりしないということと、誰でも効果ありというのはほとんどなくて、本人の年齢、生活習慣、素因、精神的な状況などいろいろと影響する」ということ。さらに「効果ありと検証済みのことはかなり少ない」ということ。

                 

                 新しい研究成果がたくさん出ていて、それをしっかり読み解きながら、医療に実現化するのは難しいなぁと思った。疲れたらやはり、自己免疫力と自然治癒力をまず信じて、寝るのが一番で、結局は適度な運動・食事・睡眠という当たり前のことを、ある程度のいい加減さでラフにするしかないのだなと、いつも思い知らされる。

                 

                3)木のおもちゃと工房報告

                 毎月、自分の工房で子どもたちと木のおもちゃを作り続け、たくさんの本を読み、映画を鑑賞し、酒を飲んで充実した毎日の報告。作品のいくつかを見せてもらったけど本当にすごいなと思う。「木はうそつかない」と思う。

                 

                 正直、うらやましいにつきる。六月には東京で展示会開催なのでその作品の構想を練る毎日だという。前向きに生産的な人生の先達に見習うべきところがたくさんあった。

                 

                4)最近の問題と疑問のいくつか

                 小学校での毎日の中で、真面目に実践していくと「当たり前だと思い込むことの危険性」があると、子どもとの付き合いの中で感じることが多数あるという話。

                 

                 図工の授業の中で、教えることと、想像・創造することの問題について質問があった。確かに、図工の場合に「思った通りに描きなさい」とか「想像して作りなさい」と言っただけでは全然駄目だろうし、あまりスキルにこだわると同じような作品ばかりになってしまうことがある。

                 

                 模倣と想像ということについてみんなと論議した。私自身は、模倣まねでよいと思っている。はじめだけでなく、途中でも困ったら、まねでよい。つまり、模倣の社会性が重要だと思うからだ。まねする子に指導することもいいけれど、まねされた子どもに「すごいねえ、いいものはまねされるんだよ」と承認していくことはとても大事だと思う……と話した。

                 

                5)中学校の教養問題の数々

                 これは、面白かった。たくさんの時事問題を含む社会科の問題であった。ローマ帝国から秦の始皇帝、人権宣言・権利の章典などなど、いくつかの問題。以外と覚えているものだなと思った。受験勉強恐るべし!

                 

                 あと、テストで見直しをさせるために「だじゃれ」をプリントにイラストとともに印刷するのだが、その集大成が披露された。「みんな温泉→みんなおんせん→みん、なおん、せん」で「見直せ!」などとテスト用紙に印刷するそうだ。とてもここで全面展開はできないがなかなかシュールだった。

                 

                6)本を作る、創る、作る、そして売るということ。

                 出版社事情。一年間に出版した本には、それぞれ歴史があり人がいて、生み出されていくという話。そして、本が売れないのは、大変だということ。ボクは、本が売れないのは「知と智の劣化」と「新しい情報へのアクセスの幼稚化」だと思っている。

                 

                 読書はアナログ=全面的学習なのだ。とりわけ、手で持つ、ページを繰る、線を引く、ときには視写する等々。そんなふうにボクは考えている。

                 

                7)最後はボクがレポートした。要点は下記の通り、レジュメを写す。

                 

                テーマ プログラミング学習と現場の混乱予想 について

                ITC教育の課題・批判をおもいつくままに
                1)本当にプログラミング学習が必要なのだろうか?→どうも、将来の社会構想が安易な気がする。コンピューターに「親しむ」「基本を身につける」……ねぇ。

                 AIについての認識や技術的特異点の問題についての認識。自動翻訳機→英語必要?とか……。
                2)環境整備コストやネットの安全性など。
                3)必要なことは、利便性とリスク、サービスと自律・自立性の関係を学ぶこと。
                4)学力と社会格差(貧困格差)の相関性をどうしていくかということではないか。おそらく、このITC教育によっても格差がはっきり出るだろう。→ あたらしい教育のコンテンツにも、子どもの教育環境格差(生活、収入、文化、人的)が大きく影響してきた。
                5)あたらしい教育のコンテンツが入っても、それを研究したり、問題や課題を研究する余裕を与えないから、多忙化問題はいっこうに解決しない。さらに多忙化、意欲低下、無思考化、孤立化。そもそもそれが必要なのか不必要なのかを吟味することさえ許されない。学習指導要領の法的拘束性については論議にもなってこないのはどうしたことか。
                6)能力主義や単純な工夫で労働条件・給与は決まらない。交渉力で労働条件は改善する。
                7)その他。

                 

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                  12月27日(水曜日)なぜ「特別支援学級」を薦めるのか……

                  • 2017.12.27 Wednesday
                  • 20:55

                   

                   とても寒かったけれど、今日は簡単な室内ゲームの指導と相談業務研修だった。あっという間に一日が終了したが、相も変わらずにいろいろな相談が舞い込む。今日は、学校からの「特別支援学級へのお薦め」について思うところを書いてみる。

                   

                   子どもたちは大抵は元気である。元気だってことは声を枯らして「言うことを聞いてくださぁーい」とスタジアムの応援で出すような声が教員に必要だということだ。端から見ていれば「元気でいいですね」なんだけれど、世話をする親や教員は「元気ですね」とはなかなかいえない。まあ、言うとしてもため息付きのときの方が多い。

                   

                   つまり、子どもが元気だと言うことを「肯定的に受け止められる」のは、子どもが病気になり、心配でたまらないときくらいだ。子どもが熱を出して赤い顔してハーハーいいながら寝ているときは、「元気がいいですね」と思う。心底思う。多少、やっかいでも、いや、かなりやっかいでも、病気や大けがで寝込んでいるよりはいいじゃないかと思うのだ。

                   

                   さて、学校の教員がこういう元気な子ども(手に余るような)や、教員に協力的でない子に対して「お母さん(たいていは母親に言うことがおおいんだけど)、お子さんのためには特別支援学級がいいですよ」と個人懇談なんかで言うことがある。無論、特別支援学級の存在そのものについては論議しなくてはならないが、それは別にしても、親はなんでそうくるのか?と理解に苦しむことが多いようだ。……ま、だから私に相談するのだろうけれど。

                   

                   冬休みに入ってからも4件この手の相談があった。で、担任は、あるいは学校側はかなり「安易」に言っていることが多い。インクルージョンと言っているからこそ「特別支援」なのに、特別支援学級へ「分離」することをどうして薦めるのかなと思うのだ。一般学級にいる子どもが特別支援学級に変わることがダメだと言っているのではないが、必要が本当にあるのかどうかを、教員にきちんと聞くとよい。たいていは、「お子さんのため」のリフレインだ。で、もし「お子さんのため」にならなかったらどうするのか?と思う。

                   

                   申し訳ないけれど、相談されるケースのほとんどは「単に担任が困っているだけ」の話だ。つまり、勉強しないとか、みんなといっしょにやれないとか、意見も言わないので何考えているか不気味とか……。本来、いまどき、ふつうは、常識的には、文科省も、インクルーシブな教育を志向しているはずの現代学校なんだから、せいぜい「支援員があるとよい」くらいの意見になるはずだと思う。

                   

                   それから、ちょっとは対応スキルを勉強しろよと思う。だが、ここでねじれちゃいますけど、その「特別支援」のスキルの理論もまだまだ研究途上だと思う。いや、子どもの理論はつねにバージョンアップが必要なのだ。しかも、こどもも全部ちがうから……つまり「やっかい」なのだ。

                   

                   これは、一部の特別支援学級教員の話かもしれないが、聞くところによると「最近はさあ、なんでもかんでも特別支援学級に入れればいいと思っている親や教員が多すぎるよ。発達障害だから特別支援学級って平気で言うんだぜ。はぁだよ」と。以前、親から「普通学級だといじめにあうから特別支援学級に行かせるのはどうでしょうか?」と相談されたことがあるが、それもちょっと違うなあと思った、気持ちはわかるけど。

                   

                   『お・は』100号(来年2月発刊)の連載最終回で特別支援学級のことを書いたので、また読んでください。いろんな子どもがいて、手のかかる子もいれば、かからない子もいるし、そういうごたごたした学級が一番いいと思ってきたけれど現実は逆行しているような気もしてしまう。

                   

                   「特別支援学級がいいですよ」と薦める教員たちは、まさか勉強のことだけ考えている訳ではないだろうけれど、「子どもたちの生活の場としての学校」はどう考えているのだろうか? めんどくさいやっかいな仕事だから給料がもらえるんだと思うけれど。「その子にあった……」という言い方が、分離や隔離や特化だけだとすると、それは無意識の安易な差別を生むような気がするのですよね、ぼくは。

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                    11月23日 札幌 教育集会で話したこと

                    • 2017.11.25 Saturday
                    • 12:49

                     

                     札幌で組合の女性部と養護教諭部から声をかけられて、話をしにいった。内容的には「新学習指導要領と多忙化」という話題だ。

                     

                     今回の新学習指導要領は、いつもながら「思いつきとしかいえない」ような改竄で、ずっと学習指導要領は改竄されてきたように思う。四十年近く教員をやっている間に4〜5回、ほぼ十年ごとに改竄がされ、そのたびにぼくは検討し、批判をしてきた。そして、むなしくなった。でも、それをやめる気はない。

                     

                     今や、非常勤講師5年目を迎え、さらにフリースクールにも関わり、子どもとか学校という教育に関わることを続けてきた。だから、やめることはできないなあと思い、乞われる原稿や、講演も断らず受けてきた。ただ、今回の札幌の講演は少し思うところがあって、学習指導要領そのものに関して話しておきたいことがあった。

                     

                     それは、自分が教員になったときに、思ったというか、考えたことだ。1945年の日本の敗戦で、多くの教師は「子どもたちを戦争に駆り立てた、あるいはやむにやまれずに戦地に送った。その結果多くの人が亡くなり、戦争はどんな戦争であれ無謀で陰惨で、くり返すべきではない」と一応決意したと聞かされた。「もうちょっと上手くやれば勝てたのに」と思った教師を ボクは知らない。

                     

                     さて、1976年教員になって、思ったことの一つに「もし、法律が変わっていって、また子どもを戦地に送る、あるいは戦争を鼓舞せよと学習指導要領にも記載されたら、ワタシはどうするか決めておく」ということだ。昨年暮れに亡くなった父は旋盤職人だったが「教員なんて口先の仕事だろう」といつも言っていたので、それを聞かされて教員になったボクは随分緊張していたものだ。

                     

                     「学校労働者の組織する組合は反戦の組織である」ということだけは、なんとか続けて欲しいと思っている。教師も子どもたちの「人権」「尊厳」「命」を大事にすると言うのなら、究極の状況である「子どもを戦争にまきこむこと」について、自分の中でキメが必要だと思っている。それを今回札幌で話をした。というのも、道徳で「平和」をテーマにして学ぶとき、反戦とか非戦という問題が抜けてしまっている実践になってしまわないかどうか……かなり気になるからだ。

                     

                     隣国の軍事国家に対して、「圧力をかける」ということだけで、「相手から話し合いを求めてきたら受けよう」ということだけで、日本が平和でありつづけることが可能なのだろうかということだ。とりわけ、若い教員(ま、年配もそうだけど)が、1945をどう学んでいるのかということについては気になる。

                     

                     自分は、教員になるときに、法律や条例で、つまり「民主主義的取り扱いによってできた社会のキマリ」で、「学校は国(みんな:という戦前のような言い方をするだろうけど)のために、積極的に子どもを戦争にかり出せ!」と戦前のように言われたらどうするかということをまず考えた。教員になったころは、非現実的とか言われたし、そう思うことも少しはあった。けれど、だからと言ってこういう論理の立て方は間違ってはいないと思っていたし、今もそう思う。「オオカミが来た」というふうに騒ぐ必要はないかもしれないが、オオカミ的災いは突然やってくるのではなく、徐々にやってくると思うから、自分の子どもたちとの付き合い方に「密かに込めた論理と覚悟」が肝要なのだと。そんな思いを込めて話をしたのだった。

                     

                     ソクラテスのように毒をあおることなどまっぴらごめんだ。だからこその、今、ここで! なのだ。

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