2018年1月7日実施 おもしろ学校冬の研究会

  • 2018.01.09 Tuesday
  • 20:19

 

まず、来週のトークイベントについて。14日の日曜日の午後三時から名古屋のロフト(地下鉄矢場町駅)の七階ジュンク堂書店でボクと仲間二人と一緒に「トークショウ?」をする。テーマは「体育、スポーツ、オリンピック」だけど、スポーツと教育の管理問題や部活のブッラク問題についても話そうと思う。

 

 このイベント、元々は、恩師の影山健(愛知教育大学名誉教授)が2016年6月に亡くなり、その記念論文集『批判的スポーツ社会学の論理』(ゆいぽおと)を発刊した記念の催しである。下のサイトに詳しいので、時間のある人はぜひともおいでください!

 

https://honto.jp/store/news/detail_041000023757.html?shgcd=HB300

 

 今週の日曜日は恒例の一日学校ごっこの冬の研究会だった。メンバーは10人足らずで午後から夕刻までの四時間。休憩は適宜とることにして30分くらいをめどに報告や論議をすることにした。

 

 ボクの独断と偏見で簡単に紹介してみる。

 

1) 英語教育を楽しく……とはいうけれど。ということで、特別支援学級での英語の授業をこんなふうに面白くしているという報告。だが、問題はその工夫にあるのではない。報告者はいろいろなスキルを持っているし、腐るほど(腐っているかもしれないような)研究・教材の資料をあさって、工夫し利用してきた。だが、ほんとうに、英語教育が小学校段階で必要なのか?という疑問だ。なんだかなぁという。

 

 年二回の「一日おもしろ学校ごっこ」では、今まで英語を取り上げたことはない。それは、みんな「なんだかなあ」と思っているからだ。このなんだかなぁはボクもある。だって、外国語がなんで英語だけんだよ。これから、英語が必要だったら、そういう「必要」だと思う人がやればいい。

 

 必要性を感じていない子どもたちに押しつけるとすると二つの道しかない。一つ目は「楽しく、おもしろくする」効果や成果は二の次。もう一つは、いかに必要で重要かを教える側が信じ確信して、押しつける。この二つの道だ。もちろん、両方ということもあるが、楽しくて語学がどんどん身につく方法があれば教えてほしい。英語教材の営業宣伝じゃないんだから、適当に言ってもらっては困る。

 

 ボクは、英語教育をするならまず、指導者が「英語帝国主義」と「言語論」を少しは頭においてやるべきだと思う。今のような「日常英会話」なら、学校の授業を英会話スクールみたいにして、外部講師インストラクターを入れ、お願いして任せ、教員に空き時間を与えた方がいい。

 

2)医学の常識を問い直す。というメンバーの医師の話。いつも「目からうろこ」というよりは、「ガケからついらく」という話ばかり。さまざまなサプリや栄養素などが、言われているほど効果ないということ。

 

 話の肝は、「まず、効果があるかないかというのははっきりしないということと、誰でも効果ありというのはほとんどなくて、本人の年齢、生活習慣、素因、精神的な状況などいろいろと影響する」ということ。さらに「効果ありと検証済みのことはかなり少ない」ということ。

 

 新しい研究成果がたくさん出ていて、それをしっかり読み解きながら、医療に実現化するのは難しいなぁと思った。疲れたらやはり、自己免疫力と自然治癒力をまず信じて、寝るのが一番で、結局は適度な運動・食事・睡眠という当たり前のことを、ある程度のいい加減さでラフにするしかないのだなと、いつも思い知らされる。

 

3)木のおもちゃと工房報告

 毎月、自分の工房で子どもたちと木のおもちゃを作り続け、たくさんの本を読み、映画を鑑賞し、酒を飲んで充実した毎日の報告。作品のいくつかを見せてもらったけど本当にすごいなと思う。「木はうそつかない」と思う。

 

 正直、うらやましいにつきる。六月には東京で展示会開催なのでその作品の構想を練る毎日だという。前向きに生産的な人生の先達に見習うべきところがたくさんあった。

 

4)最近の問題と疑問のいくつか

 小学校での毎日の中で、真面目に実践していくと「当たり前だと思い込むことの危険性」があると、子どもとの付き合いの中で感じることが多数あるという話。

 

 図工の授業の中で、教えることと、想像・創造することの問題について質問があった。確かに、図工の場合に「思った通りに描きなさい」とか「想像して作りなさい」と言っただけでは全然駄目だろうし、あまりスキルにこだわると同じような作品ばかりになってしまうことがある。

 

 模倣と想像ということについてみんなと論議した。私自身は、模倣まねでよいと思っている。はじめだけでなく、途中でも困ったら、まねでよい。つまり、模倣の社会性が重要だと思うからだ。まねする子に指導することもいいけれど、まねされた子どもに「すごいねえ、いいものはまねされるんだよ」と承認していくことはとても大事だと思う……と話した。

 

5)中学校の教養問題の数々

 これは、面白かった。たくさんの時事問題を含む社会科の問題であった。ローマ帝国から秦の始皇帝、人権宣言・権利の章典などなど、いくつかの問題。以外と覚えているものだなと思った。受験勉強恐るべし!

 

 あと、テストで見直しをさせるために「だじゃれ」をプリントにイラストとともに印刷するのだが、その集大成が披露された。「みんな温泉→みんなおんせん→みん、なおん、せん」で「見直せ!」などとテスト用紙に印刷するそうだ。とてもここで全面展開はできないがなかなかシュールだった。

 

6)本を作る、創る、作る、そして売るということ。

 出版社事情。一年間に出版した本には、それぞれ歴史があり人がいて、生み出されていくという話。そして、本が売れないのは、大変だということ。ボクは、本が売れないのは「知と智の劣化」と「新しい情報へのアクセスの幼稚化」だと思っている。

 

 読書はアナログ=全面的学習なのだ。とりわけ、手で持つ、ページを繰る、線を引く、ときには視写する等々。そんなふうにボクは考えている。

 

7)最後はボクがレポートした。要点は下記の通り、レジュメを写す。

 

テーマ プログラミング学習と現場の混乱予想 について

ITC教育の課題・批判をおもいつくままに
1)本当にプログラミング学習が必要なのだろうか?→どうも、将来の社会構想が安易な気がする。コンピューターに「親しむ」「基本を身につける」……ねぇ。

 AIについての認識や技術的特異点の問題についての認識。自動翻訳機→英語必要?とか……。
2)環境整備コストやネットの安全性など。
3)必要なことは、利便性とリスク、サービスと自律・自立性の関係を学ぶこと。
4)学力と社会格差(貧困格差)の相関性をどうしていくかということではないか。おそらく、このITC教育によっても格差がはっきり出るだろう。→ あたらしい教育のコンテンツにも、子どもの教育環境格差(生活、収入、文化、人的)が大きく影響してきた。
5)あたらしい教育のコンテンツが入っても、それを研究したり、問題や課題を研究する余裕を与えないから、多忙化問題はいっこうに解決しない。さらに多忙化、意欲低下、無思考化、孤立化。そもそもそれが必要なのか不必要なのかを吟味することさえ許されない。学習指導要領の法的拘束性については論議にもなってこないのはどうしたことか。
6)能力主義や単純な工夫で労働条件・給与は決まらない。交渉力で労働条件は改善する。
7)その他。

 

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    12月27日(水曜日)なぜ「特別支援学級」を薦めるのか……

    • 2017.12.27 Wednesday
    • 20:55

     

     とても寒かったけれど、今日は簡単な室内ゲームの指導と相談業務研修だった。あっという間に一日が終了したが、相も変わらずにいろいろな相談が舞い込む。今日は、学校からの「特別支援学級へのお薦め」について思うところを書いてみる。

     

     子どもたちは大抵は元気である。元気だってことは声を枯らして「言うことを聞いてくださぁーい」とスタジアムの応援で出すような声が教員に必要だということだ。端から見ていれば「元気でいいですね」なんだけれど、世話をする親や教員は「元気ですね」とはなかなかいえない。まあ、言うとしてもため息付きのときの方が多い。

     

     つまり、子どもが元気だと言うことを「肯定的に受け止められる」のは、子どもが病気になり、心配でたまらないときくらいだ。子どもが熱を出して赤い顔してハーハーいいながら寝ているときは、「元気がいいですね」と思う。心底思う。多少、やっかいでも、いや、かなりやっかいでも、病気や大けがで寝込んでいるよりはいいじゃないかと思うのだ。

     

     さて、学校の教員がこういう元気な子ども(手に余るような)や、教員に協力的でない子に対して「お母さん(たいていは母親に言うことがおおいんだけど)、お子さんのためには特別支援学級がいいですよ」と個人懇談なんかで言うことがある。無論、特別支援学級の存在そのものについては論議しなくてはならないが、それは別にしても、親はなんでそうくるのか?と理解に苦しむことが多いようだ。……ま、だから私に相談するのだろうけれど。

     

     冬休みに入ってからも4件この手の相談があった。で、担任は、あるいは学校側はかなり「安易」に言っていることが多い。インクルージョンと言っているからこそ「特別支援」なのに、特別支援学級へ「分離」することをどうして薦めるのかなと思うのだ。一般学級にいる子どもが特別支援学級に変わることがダメだと言っているのではないが、必要が本当にあるのかどうかを、教員にきちんと聞くとよい。たいていは、「お子さんのため」のリフレインだ。で、もし「お子さんのため」にならなかったらどうするのか?と思う。

     

     申し訳ないけれど、相談されるケースのほとんどは「単に担任が困っているだけ」の話だ。つまり、勉強しないとか、みんなといっしょにやれないとか、意見も言わないので何考えているか不気味とか……。本来、いまどき、ふつうは、常識的には、文科省も、インクルーシブな教育を志向しているはずの現代学校なんだから、せいぜい「支援員があるとよい」くらいの意見になるはずだと思う。

     

     それから、ちょっとは対応スキルを勉強しろよと思う。だが、ここでねじれちゃいますけど、その「特別支援」のスキルの理論もまだまだ研究途上だと思う。いや、子どもの理論はつねにバージョンアップが必要なのだ。しかも、こどもも全部ちがうから……つまり「やっかい」なのだ。

     

     これは、一部の特別支援学級教員の話かもしれないが、聞くところによると「最近はさあ、なんでもかんでも特別支援学級に入れればいいと思っている親や教員が多すぎるよ。発達障害だから特別支援学級って平気で言うんだぜ。はぁだよ」と。以前、親から「普通学級だといじめにあうから特別支援学級に行かせるのはどうでしょうか?」と相談されたことがあるが、それもちょっと違うなあと思った、気持ちはわかるけど。

     

     『お・は』100号(来年2月発刊)の連載最終回で特別支援学級のことを書いたので、また読んでください。いろんな子どもがいて、手のかかる子もいれば、かからない子もいるし、そういうごたごたした学級が一番いいと思ってきたけれど現実は逆行しているような気もしてしまう。

     

     「特別支援学級がいいですよ」と薦める教員たちは、まさか勉強のことだけ考えている訳ではないだろうけれど、「子どもたちの生活の場としての学校」はどう考えているのだろうか? めんどくさいやっかいな仕事だから給料がもらえるんだと思うけれど。「その子にあった……」という言い方が、分離や隔離や特化だけだとすると、それは無意識の安易な差別を生むような気がするのですよね、ぼくは。

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      11月23日 札幌 教育集会で話したこと

      • 2017.11.25 Saturday
      • 12:49

       

       札幌で組合の女性部と養護教諭部から声をかけられて、話をしにいった。内容的には「新学習指導要領と多忙化」という話題だ。

       

       今回の新学習指導要領は、いつもながら「思いつきとしかいえない」ような改竄で、ずっと学習指導要領は改竄されてきたように思う。四十年近く教員をやっている間に4〜5回、ほぼ十年ごとに改竄がされ、そのたびにぼくは検討し、批判をしてきた。そして、むなしくなった。でも、それをやめる気はない。

       

       今や、非常勤講師5年目を迎え、さらにフリースクールにも関わり、子どもとか学校という教育に関わることを続けてきた。だから、やめることはできないなあと思い、乞われる原稿や、講演も断らず受けてきた。ただ、今回の札幌の講演は少し思うところがあって、学習指導要領そのものに関して話しておきたいことがあった。

       

       それは、自分が教員になったときに、思ったというか、考えたことだ。1945年の日本の敗戦で、多くの教師は「子どもたちを戦争に駆り立てた、あるいはやむにやまれずに戦地に送った。その結果多くの人が亡くなり、戦争はどんな戦争であれ無謀で陰惨で、くり返すべきではない」と一応決意したと聞かされた。「もうちょっと上手くやれば勝てたのに」と思った教師を ボクは知らない。

       

       さて、1976年教員になって、思ったことの一つに「もし、法律が変わっていって、また子どもを戦地に送る、あるいは戦争を鼓舞せよと学習指導要領にも記載されたら、ワタシはどうするか決めておく」ということだ。昨年暮れに亡くなった父は旋盤職人だったが「教員なんて口先の仕事だろう」といつも言っていたので、それを聞かされて教員になったボクは随分緊張していたものだ。

       

       「学校労働者の組織する組合は反戦の組織である」ということだけは、なんとか続けて欲しいと思っている。教師も子どもたちの「人権」「尊厳」「命」を大事にすると言うのなら、究極の状況である「子どもを戦争にまきこむこと」について、自分の中でキメが必要だと思っている。それを今回札幌で話をした。というのも、道徳で「平和」をテーマにして学ぶとき、反戦とか非戦という問題が抜けてしまっている実践になってしまわないかどうか……かなり気になるからだ。

       

       隣国の軍事国家に対して、「圧力をかける」ということだけで、「相手から話し合いを求めてきたら受けよう」ということだけで、日本が平和でありつづけることが可能なのだろうかということだ。とりわけ、若い教員(ま、年配もそうだけど)が、1945をどう学んでいるのかということについては気になる。

       

       自分は、教員になるときに、法律や条例で、つまり「民主主義的取り扱いによってできた社会のキマリ」で、「学校は国(みんな:という戦前のような言い方をするだろうけど)のために、積極的に子どもを戦争にかり出せ!」と戦前のように言われたらどうするかということをまず考えた。教員になったころは、非現実的とか言われたし、そう思うことも少しはあった。けれど、だからと言ってこういう論理の立て方は間違ってはいないと思っていたし、今もそう思う。「オオカミが来た」というふうに騒ぐ必要はないかもしれないが、オオカミ的災いは突然やってくるのではなく、徐々にやってくると思うから、自分の子どもたちとの付き合い方に「密かに込めた論理と覚悟」が肝要なのだと。そんな思いを込めて話をしたのだった。

       

       ソクラテスのように毒をあおることなどまっぴらごめんだ。だからこその、今、ここで! なのだ。

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        10月30日(月) 毛利子来さんから学んだこと(1/100000000)

        • 2017.10.30 Monday
        • 23:01

         

        毛利さん 追悼 2017/10/29

         

         「岡崎くん、柔軟さが人間には必要なんだよ」とよく話してくださった。私は毛利さんの好奇心と冒険心が好きだった。書かれる文章の厳しさとは逆に、ナマの毛利さんはとても柔軟で優しかった。

         毛利さんは、教育や子育てを、軽量化、数値記号化、計画化、効率化を排し、子どもと親や教師も生身の人間として向き合うことを主張した。「理屈が多すぎるのはやだねぇ、テキトウがいいなあ。真剣さより笑ってる方が健康にいいんだよ」と。

         

         力なき子ども、障害を持つ人、差別された人、弱き立場の声をとにかく大事にして「まず、本人に聞くんだよ。聞こえないのは君の耳がダメなんだよ。聞こえなければ、よく見ればいいんだよ」と私を叱咤激励してくれた。

         『ち・お』と『お・は』の編集会議では、毛利さんの融通無碍さにときどき虚を突かれた。「そういうことか」とあとで深く納得することも多かった。

         

         私がはじめて編集責任として編んだ『ち・お』16号体育特集の論評会があった。毛利さんの批評が気になっていたので、「どうでしょうか?」と尋ねると。

         「岡崎君、中身はいいよ。それに、この号のカットやマンガね、なんかすごく訴えてるねえ。いいよ。でもね、まぁこの号だけにしておく方がいいかなと思ったよ。ハハハ」であった。

         

         『ち・お』の合宿編集会議の宿で、山田さんと毛利さんと私が一緒の部屋で寝ることになった。そのとき、毛利さんが「ぼくはいびきがうるさいからごめんね」と言われたのだが、正直、山田真と毛利子来の間で眠ることなどできないと思った。自分が敬愛する人の間で眠るというのは二度目(一度目は、遠藤豊吉と村田栄一の間で寝た(笑))であったが、「こりゃあ眠れそうにないなあ」と思って、眠るのをあきらめたことがある。

         

         さて、毛利子来の子育てと教育に関する実践的な思想に私は、新卒5年目から影響を受けている。当時、私は新卒五年目研修を拒否すべく、闘っていた(笑)。そもそも、官製研修などは、教育委員会の奴隷になるためにやることであり、本来は自主研修でなくてはならない(エヘン)。指導要領や文科省の指示に対し批判的な論議が許されない場所で、何が研修だ!と思っていた。今でも、かなり思っている(笑)。昨今の新指導要領伝達研修の中身についてはいずれまた。

         

         そのころ毛利子来著『新エミール』(筑摩書房)が出版された。それをとにかくむさぼり読んだ。当時、全国的に体力づくりが盛んで(遠因は1964東京オリンピックだ)、同時に「生活点検運動」なる子どもの生活管理システムが、多くの学校で盛んだった。

         

         それはどちらかというと民主的と言われる民間教育団体が発案して推進していた。子どもたちは、毎日うんこの長さや色を調べたりして自分の身体を認識するという教育目的が述べられ、細かな健康観察をさせていく実践だ。「なんかおかしい?」という気分でいた私はそれを全面的に批判しようと決意していた。

         

         『新エミール』は画期的な教育論だった。当時は、山田真と毛利子来の身体思想に啓発されていたから、飛びついた。毛利さんの思想の根源は「自由」である。そういう学校における身体の管理に対して、教育も子育ても自由でなければならないと強く主張した。

         

         教育の自由、これは、結構いろんな人が言うが、保守ー革新という懐かしい対立軸からも自由でなければならないと毛利さんは言うのだ。民主的だから自由だろうというが、そうとは限らないというのが毛利さんの根っこにある疑いだった。

         

         普通の医者なら薬や治療、生活習慣を大事にという指導を患者に上から目線でするものだが、毛利さんはそういう「科学」に対し根本的に疑念を持ち、科学を信仰することがまったくない。みんな「テキトウ」=「適当」で良いというのだ。人間の感性的、感覚的な身体の把握力を育てるべきだという。

         

         不登校の子どもたちにもかかわり、学校も行きたくなければいかなくていいと早くから主張していた。それは、他人から見れば、わがままに見えるが、実は、わがままではなく、本人のっぴきならない理由があるんだからね……、それに「わがまま」でもいいじゃないか!というワケだ。なるほど。

         

         ここに学校制度批判が明確に立ち上がってくる。子どもが自由であることは、実は、非常に厳しいことなのだ。それは子どもと付き合っている私たちには分かる。不登校、登校拒否なんてのは、非常に厳しい選択なのだ。「学校へ行かなくてラクじゃないの」と思っているなら、みんなもやめればいいと思う。

         

         自由は楽しいが苦しい、苦しいけど楽しい。ここに「学校ってほんとうにいいものかしら」という視点があれば、毛利さんの言わんとすることが非常によくわかるのだ。しかし、学校神話に絡め取られている人は、学校を突き放せないということになる。ま、それはそれで、しかたがない。

         

         実際に毛利さんの本を読めば、または話を聞けば、融通無碍であり思想は深いが、「めちゃくちゃ」では決してない。非常に筋が通っていて、理解しやすい。「子どもを『再発見』しなさい」と声高らかに言う。「主体的に生きていない親や教師に子どもが分かるわけがない」と断じる毛利さんをぼくはずっと尊敬してきたし、頼りにしてきた。

         

         まだまだ、毛利さんから学んだことはたくさんある。多くの著書はほぼ読ませてもらった。毛利さんの本を読みながら私は教員になり、親になった。『ち・お』と『お・は』の編集会議で20年あまりお世話になったけれど、いつも優しくしてもらった。もう一度『新エミール』を読み直してみる。毛利さん、私の側に、いつまでも立っていてください。合掌

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          10月7日土曜日 宮台真司さんの子育て連続講座最終回

          • 2017.10.13 Friday
          • 22:01

           

           社会学者・宮台真司さんの子育て連続講座「男親〈父・祖父・近所のおじさん〉の社会学」の最終回が終わった。とにかく、おもしろかった。リアリティのある現場の話が中心になるので、よく分かった。そして、ときに、分かったつもりになってしまい、あとで、宮台さんの深さに気付くことも多々あった。

           

           今回は、最終回で司会のぼくからいくつか質問を宮台さんと尹雄大さんにさせてもらった。メインは母親たちが抱える問題。夫あるいはパートナーが、育児に協力的でない、かつ理解がない場合、どうしたらよいか?ということ。

           

           イクメン(あまり好きでない言葉だけど)とか育児に協力的な夫だと助かる。分担までとはいかないが、せめて協力してほしいという話。宮台さんは、「その対策というか、向き合い方には、松竹梅の三つあります」とまず話す。

           

           第一の松ですが、お父さんに子どもがリスペクトするようなことをやってもらう。そこから関わってもらう。たとえば、虫をとること、スポーツをすること、自転車であちこちへ行くときに「お父さん、すげぇー」と言われるようなことをやってもらう。そのことで育児に接近してもらう。大事なのは、子どもが「すげぇー」と思うこと。だから、大人の価値観でなく、子どもの価値観で。

           

           次の竹ですが、そういうリスペクトされるようなことがない場合、父親が自分の趣味に子どもを巻き込む。アイドルでもいいし、テレビの番組でもいい、そういう場所に子どもを誘い込む。すると、共通の感覚を発見できるのではないか。そこから、育児参加がはじまるということ。

           

           最後の梅ですが、「父親を亀だと思うこと」(ここで、大爆笑)。つまり、亀が人間の皮を被っている(隠喩ですよ!)。だから、何もしなくてあたりまえ、期待もしない、要求もしない。ただ、餌だけはやってください。もし、家族のために何かいいことをやってくれたら、それは「亀なのに、役に立つじゃないか、よかったな」と思えばいい……と。

           

           亀にもならない……「そんな奴といっしょになった、お前がバカだ」と言うしかないでしょうと結論。

           

           まあ、いろいろツッコミどころはあるかもしれないけれど、なかなか鋭く、さすがという感じで、私は聞きました。

           

           実際に父親が家事育児に分担どころか、協力的でないときは、妻が夫を教育するしかないと、私自身は思っています。とにかくやらせるのです。なぜか、「理屈で人間は動かないことが多い」と私は思っているからです。「家事育児は協力すべき」と頭では思っていますが、行動に移せないのは、妻がどうせやってくれるということと、「おれは仕事が忙しいのだ」という非論理的な屁理屈を使うからです。いや、忙しくても、やる人はやります。仕事を免罪符代わりにしていると、子どもが大きくなったころに大変ですよとご忠告申し上げる。

           

           で、最近は、男の子が小さいときから、家事育児に関わらせ、また、父親は自分が家事育児に関わりながらそれを男子に見せることが重要だと思うようになりました。つまり、理屈でなく、「家族は協力し合うことがまず必要よ」と実感させることが重要です。何もしない夫では、それが、また自分の子ども、男の子で再生産されるだけです。(全部とか絶対とはいいません)

           

           さらに、妻に母親的ケアを求める夫は自立しないと思っています。ただ、大前提ですが、「それぞれの家庭がそれぞれの家庭のやり方でやれば、それでいいんじゃないですか」とは思います。他人(ひと)にとやかく言われたくないのです。でも、不満や不足があれば、また改善をもとめるのであれば、このままじゃまずいと思うなら、考えなければなりません、行動しなければなりません。

           

           私が家事育児に関わったのは、共稼ぎだったことと、連れ合いが倒れたら困るということだけでした。だから、名古屋市に「男性の育児時間請求」(1985年頃)をしたのです。結果的に、ベストマン賞(女性団体から男女平等に寄与した男性)をいただいたのですが、それは私がフェミニストだからではないのです。単に、家族で協力することが優先順位の一番だっただけです。生活が意識を決定したのです(どっかで聞いた言葉ですが)。特別、たくさん家事育児をしたわけではないのです。妻の方が、家事育児の時間は、絶対に多かったと思います。

           

           「岡崎先生は、家事育児が好きなのですか?」とその頃よく聞かれたのですが、好きも嫌いもないでしょ、子どもがお腹空かせていれば食べさせるしかないし、あまりに部屋が汚れていれば掃除するしかないでしょう。「男の料理」なんて全然私には関係ありません。ただ、おかげで、仕事としての家庭科の指導はかなり上手です。実際的です。

           

           いよいよ、『うんこのおじさん』宮台真司著 この講座の「成果物」です。ご期待下さい。

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            9月25日(月曜日)満月の自己満について

            • 2017.09.25 Monday
            • 10:13

             

             やっと一冊の本の校正が終了した。10月の上旬にはできあがる。影山健著『批判的スポーツ社会学の論理:その神話と犯罪性をつく』(ゆいぽおと)が上梓される。10月9日東京でオリンピックを考える集会が開催されるので、なんとかそれに間に合うようにと……。

             

             内容はスポーツと体育の問題点を明らかにし、市民的発想を重視して専門性を考えるという論旨で、自由すぽーつ研究所(ま、ぼくとあと二人の友人だけど)で編んだ。また、できたらご紹介する。ぜひ、一冊でも数冊でも購入してもらえると嬉しい。

             

             さて、現在学校では月の学習が終了した。毎度、月を学ぶのはとてもやっかいで、簡単な理屈は、太陽の光が反射して月が見える。太陽の位置関係が月の形を決める。29(30)日の周期で変わる……。

             

             教科書には「菜の花や、月は東に、日は西に」という蕪村の俳句で、これは朝昼夕の何時か?、出た月の形は何か?という基礎的な問題がある。月と太陽のオカザキ的教具を使って何度もやってきたが、蕪村も教科書の練習問題に使われるとは思っていなかっただろう。

             

             先日、巨人の星のビデオを鑑賞しながら、太陽と月が同時にでるのは、自分の位置を中心に据えると、太陽と月が180度に並んでいるからだよねと説明。太陽が西に沈むときは月がほぼ真東に出るし、太陽が東から昇ってくるときは月は月は西に沈むンだよという具合だ。

             

             こういう授業は、ちょっと虚しい。今日から修学旅行へ出かけている六年生にや、夕方に西の空に三日月が出るから、ちょっと気にとめておいてと伝える。実際に自分の目で確かめてみると、まあ、三日月がどれくらい綺麗か、神秘的かが分かる。

             

             理科でいつも思うのは、不思議がる感性が大事だなと思うが、こればかりは誰もが持っているわけではないし、誰もが一緒に「そう感じる」ワケでもない。最近は、星だって見えにくい都会ではそうだ。不思議がる感性を育てる……なんていうけれど、実際は、子ども自身が、そう感じるような「時期」にこちらのしかけやテーマがマッチしたかどうかによるような気がする。

             

             上弦と下弦の区別だって、いろいろな教則マニュアルに書いてあるし、ネットでもすぐにキャッチできるけれど、半月のかたちを弓と観る想像力があるかないかなんて、子どもによる。「なるほど、そうなのか」と思えるような準備やしかけをしても、「ふーん」で終わる子だってたくさんいる。で、ぼくは、「ふーん」でいいじゃないかと思う。「いつかわかってくれる」ともあまり思わない。

             

             その「ふーん」で終わる子どもたちを、なんとか感動させたいというのは、立派ですばらしけれど、「月に興味がまったくない」という子どもたちもいていいんだ(かなり多いと思うけど)と思う。

             

             『ちびっこカムの冒険』では、北斗七星のひしゃくをひもで引っぱって、中の水を火山にかけて消す話があったけど、それだって、「すご〜い」と思って欲しいけど、「なんじゃ」とか「それがどうした」という子どももいいじゃないかと思う。私は、大人としては、教員としても「な、な、すごいだろ」と本当は言いたいし、言っている顔して読み聞かせしているけど、言っているオーラ丸出して子どもを観ているけど、「早く、チャイムならないかな」と思っている子どももいいよなと思う。

             

             満月と太陽が同時に見える早朝の「巨人の星」のシーンでの「これが自然の摂理なのだ、美奈さんは月になった、おれは太陽になろう」という感動的なセリフだって、オヤジの自己満(笑)と言われてもやむを得ないかなと思いながら、授業をしているのであった。

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              8月21日(月曜日) 夏休みのあと10日を残しての反省

              • 2017.08.21 Monday
              • 16:07

               夏休みもあと10日足らずになっている。私は、正規でなく非情禁なので、9月も上旬は休みである。もちろんノーワーク、ノーペイである。今年の夏を振り返ると、クビが痛い。

               

               7月の下旬までは、長めの原稿がいくつかあったが、月末の浜田寿美男さんとの対談が楽しかった。「発達」とか「成長」とか普通に使っているのだが、その本質は何か?という格調高いが、大切な話である。京都のカライモブックスで30人くらいの読者や「野次馬?」が来てくださって、大変盛り上がった……ような気がする。本をたくさん買ってくださった方が多かった。しかし、京都も大変熱かった。夜は、京都に住んでいる息子夫婦と食事をする。

               

               8月初めから、福島からの保養に来てくれた子どもたちと、お勉強や遊びの毎日だった。途中に子どもの貧困についての対談もあったりしたが、福島の子どもたちと読書感想文を一生懸命書いて……それなりに勉強になった。

               

               今年は、課題図書を選んで書こうということにした。私は小学校の課題図書をいくつか読んだが、おもしろいものが多く、「今年は」収穫だった。良い本が課題図書になるとは限らないし、私の憶測では、おそらく、出版社の順番だと思うけれど、たいては「なんだかなあ」という選定の印象だったが、今年はおもしろかった。

               

               しかし、おもしろいからと言って「読書感想文」が書けるわけではない。昔も今も、「読書感想文の書き方」という本がたくさん出ているが、それを読んでも簡単に書けるわけではない。それはそれでけっこう大変なのだ。やはり、子どもと一対一で、いろいろと話をしながら書く方がてっとりばやい。子ども自身のボキャブラリーが不足していると、ある程度教えてあげないと書けない。このあたりは、私はそれほど楽観的ではないのだ。

               

               福島の子どもたちが帰ったあと、孫たちがやってきた。1週間滞在。使い古しのカレンダーの裏に日程や計画・課題を書き込んで、孫たちに提示し、賛意を得た。毎日とにかく淡々とすごそうと思った。四年生の女子と、年長の男子であるが、二人とも個性的で、しかも真反対のような性格気質なので、昨年まではケンカがたえなかったが、今年は、ケンカも少なくなった。じいじとしては、とにかく出かけることを中心に活動した。午前中は勉強しなさい!と正しい(笑)生活をさせながら、飽きると30年近く前、息子の使っていたプラレールを出してきたり、トランプや、ドラえもん的ドンじゃらなどで遊んだり、かなり密度の濃い保育となった。

               

               おもしろかったのが、釣り堀である。弟の方が「つりがしたい」というので、どうしようか考えたが、わざわざ舟で出るとか、川まで行くというのが難儀で、もうちょっと大きくなればいいが、まだ六歳ではじめてでは……と。ネットで見ると近所に小さな釣り堀があり、孫二人と出かけた。小さな竿と、ままごとのような針に練り餌をつけて楽しんだ。生きた魚を釣り上げる経験は、はじめてで、20匹以上つれて、二人とも大喜びで夢中になっていた。

               ほぼ毎日、午後は出かけ、市バスや地下鉄に一日乗車券でいろいろと探検した。

               

               名古屋港水族館へも出かけたが、一番のはずれだった。水族館自体はおもしろいのだが、人が多すぎて、ゆっくり観られないし、人混みで疲れた。なんだか、とりあえず行ったからね、という感じになった。入場料大人2000円、小学生1000円、幼児500円は、割高に感じた。もっと人のいない時にくればよかったなあと思う。毎年 「電気の科学館」へ行くのだが、ここは反原発的にはどうかと思うが、おもしろい。大須のガチャガチャ専門店は、目が回る。弟の方が「あのバスにのってみたい」というので、どこへ行くかも確認せずに乗ってみる。夏休みは自由だなあと思う。適当に乗ったり降りたりしながら歩く。熱くなったら、適当に近くのお店に入ると、涼しい。なんでも適当な夏休みはいい。

               

               孫たちは、なぜか朝6時25分くらいからのテレビ体操をやる。しかし夜の九時にはみんな寝てしまうので、それから、私自身のやるべき作業や準備、原稿書きなどをやる。

               

               この間も原稿の締め切りは非道にも設定されているし、孫たちが帰るや否や、毎年恒例の子ども平和フォーラムで、「妖怪」の授業と、「大気と空気」の授業をする。講演と講座に厳しい雨の中、東京にも行く。宮台さんの講座の司会をしてから、参加してくれた皆さんと、外に出た。宮台さんと尹さんと私の三人で、近くの公園の地面にチョークで「うんこの絵」を描いて、みなさんと記念写真。

               

               夏休みの残りもさらに充実するのだろうか。

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                8月6日(日曜日)自悶自闘自忘自希  反核の日に

                • 2017.08.06 Sunday
                • 10:21

                 

                友人の石川晋さんから依頼され、書かせてもらった原稿です。沢山の著名な教育関係者の中で、場違いの感もありますが、こういう人間もいるんだということで読んでもらおうと思いました。転載します。購読も簡単なんで、読みたい方はどうぞ。

                 

                メールマガジン「教師教育を考える会」12号
                2017年8月6日発行
                http://www.mag2.com/m/0000158144.html

                 

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                 自悶自闘自忘自希
                  名古屋市立小学校非常勤講師/学校マガジン『おそい・はやい・ひく
                    い・たかい』(ジャパンマシニスト)編集人 岡崎 勝                               
                http://www.mag2.com/m/0000158144.html
                ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                第12号は、岡崎勝さん。学校マガジン『おそい・はやい・ひくい・た
                かい』(ジャパンマシニスト)の編集人として、ラジカルな(しかしまっ
                とうな)提案を長年にわたって続けてきた方です。すこぶる刺激的な原稿
                を寄せてくださいました。 (石川 晋)
                ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                小学校の教員生活を40年近くやってきて、現在65歳。いまさらならが、教員になったころとあまり問題意識も変わっていないし、何をみなさんにお話ししようか……と。今までの方に比べ格調は確実に低いと思う。要注意!

                 

                1)フリースクール立ち上げに参加して気づくこと
                 

                二年半前から近所にできたフリースクールに理事として参加している。今から20年前に愛知万博(2005年開催)に向けて高速道路を造ろうとい環境破壊計画が身近であった。行政の内部にそのことを教えてくれる人がいて、反対運動をすぐにはじめた。仲間と抗議活動、住民監査請求や裁判などいろいろしたが、現在、料金所予定地の土地トラストをしている。今のところ工事は止まっている。


                それまで、いろいろと愛知県内で市民的あるいは教員的(勤務条件労働問題、管理主義教育反対など)活動をしていた。しかし、その高速道路反対“運動”がきっかけで、住んでいる自治会や地域で元気な友だちがたくさんできた。その友人の一人が立ち上げたのが、フリースクールだ。「アーレの樹」といい、アーレとは宝物(なぜかフィンランド語)という意味だそうだ。


                午前中は名古屋市の小学校で、五六年生に理科を教えているので、週に一度くらいだが、子どもたちに「学習」をしてもらおうと、自作プリントや小道具を作って行く。物作りや実験などもするが、1年生から中2まであわせて5〜7人なので、学年にこだわらずにネタを探して持ち込んでいる。


                ところが、フリースクールに行くことで、逆に、つくづく学校というところはいろんな意味ですごいなあと再確認することになった。とりあえず、学校という所は、子どもたちは時間が来れば集まり、年齢別に分割され、教科書を持ち、机にちゃんと座って待つということが「当たり前のこと」になっているというすごさだ。今までもそう思っていたが、フリースクールと比較して、つくづくすごいと実感した。


                フリースクールへ行っても、こどもたちは別に私を歓迎してくれるわけではない。「この大人はセンセイなのだ」という、否定的なまなざしだけは感じるが、スタッフ以上ではない。何回か行けば、この大人は「何かおもしろいことをやってくれるらしい」ということは分かってくるので、「あ、岡崎センセイが来たぞ」という感じにはなる。


                しかし、全員が学校のように授業に向き合うわけではない。半身になって一緒に学んだり、作業したり、考えたりするが、ふっと、「どうしてもやらなければいけませんか?」「いっしょにやらなければいけないの?」というので、別にいいんだよというと、さっと別のところへ移動する子もいるし、つかず離れずの子もいる。「もうちょっとやってみる」と言う子もいる。いろいろなのだ。帰るときには「また来てね」ととりあえずは言ってくれる。


                そして、じっとゆっくり付き合ってくると、彼らなりに何かしたいとか、もっとエネルギーを発散したいとか、もっとおもしろいことに出会いたいという気持ちがあるということだけは分かってくる。しかしそれは、個別のようで集団的、集団のようで個別的な、なんともいえない、学校とは違う「予定調和」「計画」にはちょっとなじまない学びの中身と学び方(関わり方)があるのだなあと、ま、当たり前のことに気づく。しばらく、フリースクール子どもとじっくりとつきあってみるかと思う。

                 

                2)学校って本当にいいものですか?


                これは、自分が1976年に管理職には絶対にならないと決意し教員になったときから、ずっと考えてきたし、今も、課題になっている。新任のころから、村田栄一さんの戦後教育論や、持田栄一さんの教育政策論、岡村達雄さんの公教育論、山本哲士さんの産業社会論に触れながら、毎日子どもたちと生活していると、どうしても学校にこだわりながら、そこが窮屈に思えていた。


                新任の頃からいくつかの民間教育団体に参加しながら授業の改革なり、子どもたちによりよい授業を提起しようとそれなりに努力した。有名で優れた実践家や研究者に直接会いながらも、「学校はそんなにいいものなのでしょうか?」と自分なりのやり方で問いながら来たが、未だに答えは出ていない。斎藤喜博さんや竹内敏晴さんには、かなり叱られた。


                新美南吉の作品は嫌いだけれど、「手袋を買いに」で最後に、母狐が「ほんとうに人間はいいものかしら」とつぶやく場面だけが好きで、「学校もほんとうにいいものかしら」と思う。(自分が小学校三年生の頃、「この母狐は、危険な町に子どもを行かせて、ひどい母狐だと思う。自分で買いに行くべきだ」と元気に意見を言って、担任にこっぴどく叱られた記憶がある。それに新美南吉は地元愛知の作家で、読むけど、キライである。教えるのは苦行以外でない。

                 

                「ごんぎつね」は最悪だと思っている(笑)。おとなしいと思っていた女子に「授業で、先生がごんぎつねがきらいだということがよくわかった」と言われて反省したことがある。)教育実践とか授業実践は、どこまでいっても終点はないということは分かっている。「子どもの目が輝いて」なんて話はどーでもいいのだが、とりあえず、子どもに迷惑をかけない実践をほそぼそと世界の片隅でやれればいいやと思ってきた。


                若い頃、はしなくも講演したとき、「岡崎先生にとっての善い実践とはなんですか?」とのフロアーからの質問に「子どもが喜んで、教員がラクで、管理職が嫌がる実践です」と応えて、みんなに引かれたことがあるが、今でもそれはあまり変わっていない。最近は管理職が軟弱になってきたので、許されてしまうことがおおくなって、あまり嫌がらないので困る。あるいはこちらが軟弱になってきてしまったのか。

                 

                3)夏休みの短縮と部活で忙しいことについて


                夏休みが短くなることに教員が声を大にして反対しないことに私は怒っている。教員は、自分の子ども時代の夏休みがよほど嫌だったのだろうか。「はやく学校で生き生きしたいな」と思って、夏休みを過ごしていたのだろうか?もしそうだとしたら、そいつらは地獄に堕ちろ(笑)と言いたい。


                学校が休みということで、どれほどうれしくわくわくしたことか。今だって、「明日の暴風警報六時まで頑張れ!」と黒板に書いて帰って行く子がいるぞ。そんな思いしかない私は、夏休み短縮(しかも授業時数がどーたらこたら)に声を上げない教員は、子どもの幸せとか笑顔で語って欲しくない。


                夏休みが長くなれば、親が面倒くさくなるのは決まっている。それは親が工夫して、なんとかしろよ!と思う。いやいや、それは親のフツーの仕事でしょ。夏休みなんてホントにめんどくさいよ。お昼ご飯も用意しなくちゃいけないし、家でゴロゴロしていたりするし、宿題も手伝うの大変だし、そのくせ家の手伝いはなかなかしないし……でも、親子バトルがあってこそ、それが親子の正しい姿じゃないのか?!


                なんで夏休みの親子の問題や家庭の問題を学校が引き受けるのだ。夏休みの宿題なんて二学期に見なくちゃ行けないし、子どもも大変だから出さなくていいんだよ。夏休みがあったから、子どもは、「ああ、明日から二学期だけど、しょうがないからがんばるか」と言って九月に学校に来てくれるんだろうと思う。もちろん諸事情でどうしても夏休み面倒見られない親子は「要相談」でいい。例外はどこにでもある。


                親が子どもの面倒を見られないから学校に預けておけば安心というのは、夏休み以外の話である。私は「学校託児所論」を主張してきたが、のべつまくなし出校のような「学校刑務所論」は主張しない。休みの日と夜は子どもを家へ返せ!ということだ。「休日の喜び」は働く者(子どもも含む)の命だ。


                さてブラック部活について。ブラックかピンクは別として、基本的な原則は、「部活は趣味でしかない」である。「暇な子どもが、暇な教員と、公的施設を慎ましく使わせてもらってする趣味活動」というのが、私の部活の定義だ。強くなりたい、いい成績を残したいと思うのは子どもも先生も自由だから、そういうクラブを学校の外に自分たちで作ればいいのだ。外部指導員なんか、指導は外部指導員、責任は教員の最悪ケースだ。外部部活なら許す。


                内田良さんは正しい。内田さんは研究者として優れているので、はっきりしていてよいのだ。金髪もうれしい。話せば普通の良識ある人です、私が保障します。


                だが、私は、部活は趣味同好会以上でもそれ以下でもないと思う。趣味の山登りやクイズ同好会と同じだ。趣味は自由だ。そこに教育的意義を見いだしてもいいけど、押しつけるな、普遍化するな、控えめにしろ……である。


                部活に参加する子どもたちの中にイヤぁーな同調圧力が見えたら、部活は即中止。また、教員の指導顧問を全員に押しつけるような同調圧力があったら即中止が断然正しい。


                教員が職員会で「私は部活指導をしません。書記、記録お願いします」で大抵は部活指導顧問はやらなくてすむ。「どうしてもやらせたいなら職務命令を文書できちんと出してください」でいい。


                万が一職務命令出されたら「勤務時間終了時刻までやりますが、あとは管理職でお願いします」でいい。部活で時間外勤務命令は違法だから出せない。私はそうやってきた。「正しいと思うなら、みんなのいるところではっきりいいなさい」と子どもに指導している教員なら大丈夫、言えます。

                 

                4)『お・は』読んでください、あるいは、側においてください。


                私は20年くらい『おそい・はやい・ひくい・たかい』(ジャパンマシニスト社刊)の編集人をしてきました。来年100号になります。隔月とか季刊でやってきました。今は季刊です。最新号98号は8月下旬です。
                http://www.japama.jp/cgi-bin/oha/ohaBN.cgi


                あと、本や雑誌に色々書いてきました。残念ながら現在、ホームページは消失してしまいました。ブログは二つですが、不定期なのでごめんなさい。暇な人や興味のある人はのぞいてください。(告知専用のFBもあります。)
                http://masaruokazaki.jugem.jp/

                http://okazaki-oha.jugem.jp/

                です。


                8月25日発刊「9月臨時増刊号 総特集=かこさとし」(『現代思想』)に「『どろぼうがっこう』という学校異化」を書きました。


                「なぜ学校は必要なんですか?」と子どもに聞かれて、わたしは「難しくてわからない。ゴメンナサイ。そういう質問は頭のいい人に聞きなさい」ととりあえず謝罪的に応えることにしています。なぜかというと、それは質問ではなく、私にとっては子どもからの糾弾だからです。ただ、いくつになっても勉強ですね。

                 

                みなさんから、学びたいと思います。どうぞよろしくお願いします。クソ真夏の中、福島から保養に来ている子どもたちとまったり過ごしながら書きました。


                ==================================================================
                部活動についての考え方、夏休み短縮に関する議論、大変共感を持って読みました。8月6日は広島原爆が落とされた日。この日に、学校教育の現在地を丁寧に疑っていくことから、次の新しい教育を考えていくために、岡崎さんの語りに静かに耳を傾けたい、そう思います。部活動に関していえば…岡崎さんは、体育教師です。体育の教師が丁寧に語る部活動趣味論、みなさんどう読み、どう考えますか? 当たり前にある現実・現状を、丁寧に考え直しすることなしに、ここからの教員の像を結ぶことはできないと私は考えます。

                ================================================================
                メールマガジン「教師教育を考える会」
                12号(読者数2391)2017年8月6日発行
                編集長:石川晋(zvn06113@nifty.com)
                登録・解除 http://www.mag2.com/m/0000158144.html
                (まぐまぐ:教師教育を考える会)

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                  7月13日(木曜日) 夏休みは子どもにとっての黄金時代なのに……

                  • 2017.07.13 Thursday
                  • 17:19

                   

                   静岡の吉田町が夏休みを完全閉校の10日間だけにして、毎日の授業を5時間以内に抑えることにしようと、勝手に決めたということを聞いた。「勝手に」というのは、決める前に提案の趣旨を明確にし、学校現場や家庭・保護者、地域の意見を聞き、関係する人びと、とりわけ子どもや教職員の意見を聞き、時間をある程度かけて決めるという「面倒な作業」をしなかったということだ。

                   

                   最近は、「面倒くさい」というのが、一番嫌われるようなことになってしまった。吉田町で決めた人たちは「面倒くさい」と思ったのだろう。ちょっと前までは、「面倒くさい」のは、「どうでもいいことに時間をかける」ということだった。しかし、今では、じっくりと思考すること、時間をかけて話し合うことの言い換えになってしまった。曰く「話し合ったって無駄」という人びとの気持ちが強くなったのだろう。みんなヤンキー(斎藤環さんの言葉)になってしまったようだ。

                   

                   エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』で権威主義的人間について論じているが、支配される願望という中で、「無意識に指導者に服従する」ファシズム兆候を述べている。なんだか、決めた人たちと、決められた人たちのことを暗示しているのかなと思う。

                   

                   夏休みが短くなれば、子どもと学校教職員以外は、みんな『ラク』になる。とりわけ、親の中には長い夏休みの間、子どもの世話をしなくてすむのでラクだと強く思う人もいるだろう。ひょっとしたら、子どもの中にも家でごろごろするよりラクだと思うかもしれない。先生たちの中にも「どうせ夏休みだって、仕事させられるんだから、子どもが来ても、いいさ」と思うひともいるだろう。外からは、「先生は夏休みも給料が出ているんだから、仕事して当然でしょう」みたいな話が、どんどん来るんだろうなと思う。

                   

                   でも、やはり、「夏休みは、家庭でのんびり、過ごしたい」という子どもはたくさんいると思う。「自分も、子どものころ、夏休みは楽しかったから、子どもにも楽しませてやりたい」と思っている親も、きっといると思う。

                   

                   私は、子どもはやっぱり「夏休みはたっぷり100日くらい学校を休みたい」と思っていると確信している。ま、かなり不安だけど。子どもたちは、なんだかんだといって、学校で頑張っているから、できれば、宿題もなくして、しっかりと休みに遊べるといいんだけどなあと思う。子どもが学校のことを忘れて、のんびりできたらいいのにと思う。

                   

                   ところが、「夏休みも、塾の合宿があったり、宿題がでたりしているし、進学補強の集中講座もあるから、そんなにのんびりできません」とか「家にだれもいなくなるので、子ども一人を置いておくのは不安なんです」とか、「親としては、学童保育や他の施設で面倒見てもらうとお金がかかるから、学校で夏休みを見てもらえば経済的です」とか、まあ、『夏休み10日論』というか「夏休み廃止論」は支持される要因も、その是非は別にして、あるのだ。

                   

                   教員としての夏休みは、つまんない研修とか書類の片付けとか、備品整理、教材研究など、いろいろあるけれど、基本的には日々の膨大な無給超過勤務の相殺のためには、「余分に働いた時間を夏休みにまとめてお返し願いたい」という正しい論理である。

                   

                   それに、自己研修もしたい。教員も教養を広めるために、いろいろ研修したいのだ。二学期に向けてやりたい授業を時間をかけて(仕事として)考えたい。

                   

                   「夏休みは研修と称して教員は遊んでいる!けしからん」と言う人もいるが、「その指摘はあたりません、まったく問題ありません」なのだ。年間の超過勤務、しかも無給を、夏休みなどの休暇に近い勤務でチャラにしてあげているんだから、文句言う方がおかしいと思ってきた。私など、できるだけ定時退勤を心がけてきたが、家に仕事をかなり持ち帰った。だから、堂々と夏休みは「先生も夏休みでいいんだよ」と親や子どもたちに説明した。

                   

                   吉田町は「夏休みに授業を増やすかわりに、毎日の授業を5時間にすれば、子どもも日々の授業時間が減り、子どもを早く帰して仕事ができるから、教員も負担も減る」とトンチンカンなことを言っている。そもそも、学習指導要領で内容をてんこもりにして、授業時間を増やしたところに問題があるのだ。子どもと関わる時間が増えれば、それに関わるケア、手間ですけどね、それも増えるに決まっているから、結局、無給超過残業と持ち帰り残業の日数が増量するだけだ。これは確信を持って言える。

                   

                   なんだか、この「夏休み10日間」賛同の大人は、「子どものため」「学力向上のため」「家庭の負担を減らす」という、もっともらしい言葉を並べているが、結局は「手間のかかる子どもに対する憎しみ」が根底にあるような気がする。「わーい、夏休みだ、うれしいなあ」という無邪気な子どもの声がきっと嫌いなのだろうなあ。なんだかさみしいし、「灰色の男」たちがどんどん増殖しているような気がする。

                   

                   私は、子どもは、暇をもてあましながら、しっかりと遊んでいないとダメなような気がする。退屈だ!暇だ!なあというくらいで、ちょうどいい。子どもは遊んでなんぼでしょう。それを放っておいたり、見守れる余裕や力が、大人社会にないとダメなのになあと。寛容さやゆとりがなくなったのは、大人社会なのだと思う。定時退勤もできない、有給休暇も取れないとぼやく大人が、「子どもだけ長期休みはけしからん」と言っているような、ルサンチマン全開のような気がする。

                   

                   もう一度「夏休みの意味」を考えたらどうだろうか? どうして子どもが学校を休んで遊んだらいけないのか? 名古屋は40日くらいしっかりと夏休みだけど、ほんとうに、子どもたちは嬉しそうだし、楽しみにしているよ。夏「休み」なのに、宿題を出すという発想の方がまちがっているような気もしていた。

                   

                  *ぼくが教員になったころは、先輩たちが「夏休みがあるから先生になったんだ」ということが普通に言われていた。ぼくも、五分の一くらいはそうだけど、それって、すてきなことだと思うんだけどな。人間って、忙しく、中身がいつも濃くなくちゃいけないのだろうか?……と、人生の8回表になっても悩む。

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                    6月22日(木曜日) 「子育て困っても、いいじゃない!」的PTA講演会

                    • 2017.06.23 Friday
                    • 22:12

                     

                     昨日は、美濃市の小学校へPTAの依頼で講演に出かけた。なにせ山田真さんの母校だということだが、実は、その地域には、映画を見に来たりした、教員の集まりにも来たかな。二回目いや三回目の訪問。

                     

                     テーマは「子育て、困っていいじゃない!」ということで、体育館的講堂で一時間話した。その後図書室で一時間半。トークだった。

                     

                     大勢の前で話すのはなんだか手応えがはっきりと分からないので、難しくもある。いわゆる講演プロなら、大勢の人に、感動してもらえるような「上手な話し方」ができるのだろうが、なかなか私には難しい。ただ、最近は、聴いてもらえるだけでもいいかなと思うし、私の話が気に入らなくても、それはそれでしょうがないなと思えるようになってきたので、それほど緊張はしない。

                     

                     自分が聴き手になったときは、聞きたくない話は途中退席していたし、あまりひどければ意見を言ったりやじったりしていた(笑)ので、ま、私の講演も、いろいろあってもいいやと、そんなもんかと思う。居直っているわけでもないのですが……。今回は、話のあとで、もうちょっと聴きたかったとか、もう少し突っ込んで質問したかったという声もあったので、もうちょっと時間が有ればよかったなと、申し訳なかった。

                     

                     話したことは、子育ては基本的にそんなにうまくいかないものだし、くじけたりおちこんだりして親になるしかないのではないかと強調したい。子どもとのやりとりが大変になることは、ある意味、子育てやってる証だ。厳しいときに一人で頑張れることもあれば、助けをもとめることもあるし、優等生の親になる必要なんか無いし、そもそも優等生に子どもが育てられるのかぁぁぁ???というのが私の基本。

                     

                     実際に、世の中や人生で「絶対」とか「予定調和」なんてないと思うのだ。でも原則と理想がなくなると、妥協もどんどん質的低下を招く。それに、自分の子どもだけが幸せになることはあり得ないし、自分の家の中だけが安心安全?なんてあり得ない。それは幻想でしかない。自分の存在が世界とどうつなかっているかの想像力がないと、幸せも豊かさも、単なる勘違いにすぎないのだと……私は確信している。

                     

                     「損得勘定で生きている家族で育つ子どもは、損得勘定の子どもになるんだよね」と宮台さんがこの前、会ったときに話していたけど、まあ、結局のところ周囲の大人を見て子どもは育つのだということは、どうしようもない現実なんだなと思う。だから、ほんと今の社会に正義や公正や自由や権利ということを大人がしっかり自覚して意識化し、勝ち取らないと、子どもはそれらを身につけずに成長してしまう……そこがけっこうやばいよなと。

                     

                     だから道徳授業なんてのは、こういう危機に対して、なんの役にもたたないと思う。それよりも、子どもの前に立つ先生や親の「公共性」「正義」「自由」「民主主義」などへの姿勢や向き合い方が、一番子どもに影響するのだ。私は、学校での弱い立場にいる子どもたち(たとえば、障害を持っていたり、勉強が不得意だったり、学校になじめなかったりする子どもたち)が、暮らしやすければ、他の子どもたちにもよい影響や効果を与えると思うのだ。それが自然であればこそだが。

                     

                     この日の、第二部の図書館では、事前にもらっていた「質問用紙」に答えるのに精一杯だったので、時間切れになってしまった。それでも、午後5時45分くらいまで話をして、午後6時03分の長良川鉄道、JR、名鉄、地下鉄に乗って帰名した。

                     

                     体育館での話と、図書館での話の間に、休憩時間があり、その間に、会場の近くにある「うだつのあがる街並み」という伝統的な建造物が保存されている街道があり、そこへ散歩に出かけた。「茶房とみや」という甘味処で、珈琲と大福をいただいた。

                     

                     家に着いたのが午後八時半。中身の濃い一日だった。

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