10月8日(月曜日) 目の回る5日間。思考が…… じじぃ化する。

  • 2018.10.08 Monday
  • 20:59

 

ここ五日間はとても「詰まった」毎日だった。メモ的に……

3日の夜に、三件の様々な相談にのり、複雑で分からないこともあるので、相談しながらも頭の中がくちゃくちゃになっていくことが分かる。「つかれてますねえ」とか言われるが、相談してくれる人に冷たくするのはいけないなあと。つい、自分で考えてくださいと言いたくなる。むろん、そんな失礼なことは言わないけど。

 

4日の木曜日は午前中、川崎市の「かわさき市アカデミー」の連続講座に参加。九〇分あまり、小学校の思春期の話をする。「時間に追われる生活」が子どもたちにも影響し、全体に忙しくなっている。忙しいということは、コミュニケーションの質が変化するということでもある。問題や課題、メニュー選び、思考などがすべて、軽薄短小となりがちになる。

 

もちろん誰もがそういうわけでもないかもしれないが……。ところが、別に思考ツールやコミュニケーションツールが変化していて、若い人はそれに即応しているからいいじゃないか!という意見もあり、それをボクも否定しない。だが、質は変化するはずだし、善い変化と善くない変化があるはずだと思う。

 

もし携帯やスマホ、SNSがなければ、連絡方法は家電だ。留守なら捕まるまでに時間がかかる。で、その間に、伝えたい情報が冷静さと公正さを取り戻し、再度、自分の考えを組み立てることができる……はずだ。熱を込めて書いたラブレターが翌朝読んでみると、「まずいな」「押しつけがましいな」「勝手なこと書いているな」などと反省し、出さないままになってしまうということもあった、「出さなくてよかったよ」って、若い頃は。

 

実際、原稿を書いて、すぐに送信してしまうと、ひどい文章だったりするので、少なくとも、書いてから1〜2日は「置いておく」ようにしている。

 

子どもたちの間のSNSがいじめ問題を複雑化しているのは事実だ。実務的なことならいいじゃないか!と思わなくも無いが、SNSのやりとりの早さによって、忙しくなることもたしかなのだ。

 

この日の帰りに武蔵小金井のJR駅を横須賀線の方に向かわずにうろついて、ぐったりと歩き疲れる。この講座の次回は宮台さん。

 

5日、学校では、行事で授業がカットされたので、5年生の実験のための砂山つくりに屋上にある畑で仕事をした。幸い、雨もなく、屋上の学級園にはりつく。五年生の川の流れを砂山で実験する。三クラスあるので、きっちりと作っておかないと、あとのクラスほど「洪水」がおおきくなり、実験がうまくいかない。ところが、ひさしぶりに屋上にきてみると、くさがぼうぼうと腰の高さくらいまでで、まず、それを抜くのが大変だった。最低でも一坪は必要なので……汗かいた。

 

それが終わったら、六年生でやった、水溶液実験の後始末で、塩酸と水酸化ナトリウムの水溶液などのしまつと、試験管やビーカーの洗浄でこれがやはり三クラス分あるとけっこうな数になる。非常勤なので実験準備や後始末が時間外の無給労働になるので、できるだけ休み時間にやるのだが、この日は授業がカットされたので助かった。劇薬の残量を点検して記録し、終了。

 

その後、相談が一つ、夕刻は一つミィーティングをして、そのあと、ヘロヘロで帰る。

 

6日の土曜日は午前中に取材を受けた雑誌の原稿の確認作業をして、昼食が高校時代の同窓会。ボクは名大附属高校19回生卒業で、35人くらい(135人中)の参加。担任でもあった恩師の藤田佳久先生(愛知大学)もいらっしゃった。最近の先生の著書『歴史の中の東海地震・リアル』(シンプリ)の話でもりあがる。先生がなんどもNHKのニュースなどで取材を受けていたのをボクも視ていた。その本を当日に持って行った。サインでもしてもらおうと思ったのだが、みんなに回して見せているうちに、受け取るのを忘れて帰宅してしまった。だれか、保管していてくれただろうか?

 

卒業後はじめて会う懐かしい東京在住の友人が来てくれて、一緒にサッカーをやっていたころの話をする。ボクは高一まで坊主あたまだった。当時の写真をたくさん持ってきてくれた。ぼくは地学の先生に「おまえを、ジオイドと呼ぶからな!」と言われるくらい、坊主頭の形は地球のように丸くへこみもなくいいのだ。中身はたいしたことはないけど頭の形はとてもよいのが自慢だった。友人は、一年生最後の春休みのときに数人で、転勤する先生(藤田佳久先生)への歌を作ったことをしっかり覚えていて、「今でも岡崎の作詞したあの「さようなら」という歌をうたえるんよ」と言ってくれた。高校時代に友人と作ったオリジナルは100曲くらい(そんなに多くなかったか?)、とにかくたくさん作って歌っていた。元気で会えたことに感謝だ。

 

7日の日曜日は、先週台風で延期になった名古屋市の「昭和区九条のつどい」に参加、講演を一時間くらいする。200名くらいの参加だということだった。憲法の話を子育てにつなげて、今学校も家庭も子育てが大変だというけど、結局、ぼくら親や祖父母が元気な姿を見せることがまず第一ではないかという、シンプルな話をさせてもらった。たくさんの人の中に、新卒時代にお世話になった業者さんや、三十代になんどもお世話になった女性の学年主任が声をかけてくれて、なつかしく思い出すと同時に、「わしも年寄りなんだぞ!」とあらためて自覚した。節度と謙虚さを忘れないようにと、めずらしく、生きていることに感謝した。たくさんの人が声をかけてくれて、来てよかったなと思う。しかし、実行委員は大変だよと思う。お疲れ様でした以外にかける言葉が無い。地道なこうした動きが重要なんだよなとつくづく思う。

 

夕刻は名古屋丸善本店でやっている「本路地」イベントを見に行った。友人の出版社「ゆいぽおと」も店を出しているので応援。いくつかの出版社が路地で販売をしている。よく知っている出版社もあって、談笑しながら3冊購入。

 

8日本日は、本の整理と本の一部虫干し。ただ、泣く泣く「集英社日本文学全集88巻」を数冊保存して廃棄した。大学一年生のころから、毎月2冊配本560円を買い続けた。かなり役立ち、この全集にない戦前の作家はほとんどなく、網羅されていた。カミュ全集はかなり箱もくたびれてきたが捨てられなかった。午後は、『お・は』103号の原稿がほぼそろったので、「はじめに」を格調高く書こうとして失敗。いつもの感じとなる。本箱の写真を整理し始める。子どもたちに、自分の写真アルバムを持って行って欲しいのだが、電話で「段ボールに入れて送ろうか?」 と聞くと、「置くところが無いから置いておいて」と言う。「はあ!?」 子どもたちの写真は捨てられない。今の子どもたちはクラウドにあげてあるから、始末はラクなのかな?

 

さて、明日は7年目の節目を迎える身体である。

 

写真整理で見つけた一枚で、25歳のとき、クラスの子どもたちと授業中に公園に遊びに行って撮った一枚。パンチパーマでグラサンです。よく、授業に飽きると公園であそんだなあ。この中の子どものお母さんとは未だに手紙のやりとりをしている。彼らもすでに50歳くらいだ。

 

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    9月30日(日曜日)味沢さんの『DVはなおる』という本のこと

    • 2018.09.30 Sunday
    • 12:37

     

     二冊の本は「男性の生き方」私の言葉で言うと「男生学」(「男性学」とは違う)の参考書だ。一冊は白岩玄著『たてがみを捨てたライオン』(集英社:2018年9月30日刊)。もう一冊は味沢道明・中村カズノリ著『DVはなおる・続 被害・加害者が語る「傷つけない支援」』(ジャパンマシニスト社:2018年9月18日刊)である。*ちなみに、本書以前に正『DVはなおる』が(2016年ギャラクシーブックス出版)ある。

     

     最初の本『たてがみを捨てたライオン』は小説。たてがみは「自分の強さを誇示する雄ライオンのたてがみ」のことで、人間男性にもあるみえない「男らしさ」のたとえ。出てくる男性たちは三人。直樹、慎一、幸太郎たちは、それぞれが、仕事、夫婦、親子、恋人、友だちという生活に関わる人との関係の中で「男らしさ」を問う。そこには、反面教師の男もたくさん出てくるし、中途半端な「女性への物わかりのよさ」が、根本的には何ももたらさないということも語られる。

     

     決してハッピーエンドだけではないが、おもしろさの中に男女の本質的な課題を明示する。性別役割分業のこと、女性の権利拡大への躊躇、男性のする家事育児への社会的目線、会社での男性化した空気など、現代の抱える「メンズリブ」の困難さを、素直に物語の中に織り込んで読ませる。男性的に「がんばれば何とかなる」とか「勢いと力」で解決できるという主張を、ちょっと距離を置いて考える良い小説だと思う。

     

     さて、今日の本題は、後の本『DVはなおる』だ。味沢さんとは旧知の仲。『お・は』にもときどき登場してもらっている。正直言うと(笑)、掛け値無しで、とても良い本だ。18人の男女体験者の物語はリアリティありすぎでほんとうにいい。これは、「あるある」を超えて、どこにでもありそうだけでなく、これから自分も出会いそうな「物語」だったり、今継続中で参考になる人もたくさんいると思う。

     

     この本の一番の特徴は、DV加害者と言われる男性の立ち直りを「説教」や「理念」だけで語らないところだ。私の友人でもある相談専門家は最近のDV事案について「加害者男性の話を聞くと、自分は反省しているんですが、どうもどの程度、どの深さで反省しているかが不明ですね。どこかで相手に責任がある、こうなったのはあいつのせい……というところから抜け出られない。それから、一方的に男性だけの問題で片付けてしまって良いのか?ということ。妻や子どもの立ち位置や家族の在り方が問われなくて良いのか?という点で、DV男性への非難だけで問題が終始してしまうところも、最近は問題ですね」と言う。味沢さんは、こうした現実を踏まえて本書を作っている。

     

     味沢さんは、フェミニズムにも問題を提起している。誤解されるといけないが、それは、フェミニズムを敵視して「男性を取り戻せ」的な古ぅ〜い、どうしようもない男尊女卑や性別役割分業や、「性の多様性」も無視して、「男性らしさ」「女性らしさ」を強調するジェンダーバイアスばりばりの神話づくりとは違う。味沢さんは1990年代にフェミニズムに深く関わり、フェミニズムだけでは男性の問題は解決しないということで京都・大阪で「メンズリブ研究会」を仲間と立ち上げた。私も、「男にも女にも育児時間を・名古屋」を立ち上げて、遠くからささやかに支持していた。

     

     その後、味沢さんはDVや夫婦の問題に悩む人たちを支援するために「日本家族再生センター」を開設し、今に至る。のべ5500件以上の案件に対応しており、蓄積も半端ではない。そこで磨き上げた「複合的支援」というノウハウも本書には書かれている。基本は「傷つけない支援」である。誰かが悪い!という論理だけでは、いくらカウンセリングを重ねても元気や勇気は出ない。彼の一つのキーとなる考え方は「パワーコントロール」に執着しないことだ。人は、人との関係で、優位に立とうとする。男性で、自己肯定感が不足していたり、防衛的すぎ攻撃的すぎると、家族に対してDVやモラハラをする。そうしたパワーコントロールは家族(ひいては社会)では通じないと、男性(女性)に理解を促す支援を追求してきた。

     

     先に述べた友人の専門家によると「妻からのDVがある場合に、多くの都道府県では、女性のようなシェルターが男性にはないのです。これは大きな問題です。DV被害者はとにかく守らなければなりません。男女関係なくです。DVは被害者・加害者を超えた支援や保護が必要なのかもしれません」と言う。味沢さんのセンターでは男女関わらずシェルターがあり、利用者も多い。

     

     とにかく、男性への支援はここから始まるという本。味沢さんは「非暴力の社会につながる」とこのメンズリブを位置づける。パートナーとうまくやっていくためにも、また「今、ちょっとまずいな」と思っている人にも読んで欲しい本だ。

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      8月20日(月曜日) Oha102号特集「『平成』子育てはなぜ難しかったのか」発刊

      • 2018.08.20 Monday
      • 18:39

       

       今号は、半分くらいボクが書き下ろしました。大根おろしよりも時間のかかる書き下ろしです。平成30年をざっと俯瞰してみました。しかし、書き切れなかったことがたくさんあり、今度は400頁くらいで書いてみたいです(笑).

       

       平成はとにかく高度産業化が教育、学校にも押し寄せて、効率のよさ(カウント主義)だけを追求したポピュリズム教育に一直線ということになってしまったなあと……(一人で反省してますが)。しかも、「生産性」とは何か? また、「生産性」ということと教育の関連が何も語られ論議されないまま、子どもの学習や教員の仕事の「生産性」を測ろうとするような(なんとなく測れるという幻想によりかかり)稚拙なウケけ狙いの空虚な便所の落書き程度の言説に取り囲まれてしまったような気がします。

       

       政府や内閣の諮問機関は、現代教育批判をしながら、平成の教育改革を正当化するための答申を出してきました。彼らの、いかにも正しそうに見える学校批判や教員批判、そして親批判が、実は、とんでもない「墓穴を掘る」行為だということを理解して欲しいと思います。なんだか、平成の教育は「ねたみ」と「そねみ」に席巻され、弱者をないがしろにし、ときに弱者がその憂さ晴らしのように、意見を垂れ流していく、それが学校にも流れ込んでしまったように思います。

       

       ところで、今「プラスチックゴミと環境」について授業をするために、自己学習(研修?)していますが、海洋ゴミ問題は温暖化と同じく、複雑でありながらグローバル差別を促進するとんでもない大問題だと分かってきました……今更でもうしわけないのですが。単純な3Rだけではなんともならない問題なのだなあと。

       

       学校では、こうした環境問題に真剣に迫ると、おそらく「教育は政治である」ことが自ずと分かってきます。いやはや、めんどうくさいことこの上ありません。でも、しょうがないのです。

       

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        8月10日(金曜日) 福島の子どもたち(保養活動)とすごしたこと

        • 2018.08.10 Friday
        • 09:03

         

         福島が今どうなっているか、友人のHPやネットなどいろいろと知ることが多い。自分自身は原子力発電の廃棄を願っている。また、原発問題は重要な日本や世界の課題だという関心もあるので、福島の子どもたちがやってくる毎夏のこの時期には気合いが入る。地元日進市のまちづくりの会が実施している「ふくしまほっこり空間」にボクも参加している。すでに7年め。

         

         この「ほっこり」の一週間あまりの活動は多くの人たちの力で支えられている。宿泊を含めて会場をいつも快く貸してくれるAHIには感謝の言葉もない。だから、単純にボランティアでくくるのは難しい。むろん収益なんて出ないし、費用は、すべて寄付と持ち出しである。人によっては「好きでやっている」と思うかもしれないし、そう思うのは自由だ。だけど、その「好きさ」はかなり深く重く、人生観だって大きく影響している。ボクなんて三日間、子どもたちの勉強などの世話をしただけで大したことない。生活ボランティアスタッフがする毎日の食事や衣食住の世話・手配が重要で、すごく細かい配慮も必要だ。せっかく来てもらっているのだし、福島のみんなの笑顔や充実した毎日が、迎える側の「やりがい」であり、支えなのだ。

         

         ここでは、原発そのものについて論議することが中心の目的ではない。原発災害や3.11で厳しい生活を強いられている「仲間」に少しでも「ほっこり」してもらえればという、かなり慎ましい気持ちで実施されている……とボクは思ってきた。引率して来ているお母さんたちにもゆっくり過ごしてもらおうと工夫が凝らされたスケジュールにしてある。夜の9時ごろからの「ママタイム」(宿泊施設でする、お母さんたちの夜のライトな飲み会)に一度だけボクも参加する。お母さんたちの子育ての悩みや疑問に答えたり、とくに困ってはいないけどいろいろと考えることなど、中身の濃い?雑談をした。あっというまに11時を過ぎていたが、和気あいあいで過ごすことが出来た。

         

         リピーターで来る子どもは、毎年、出会うたびに大きくなっている、あたりまえだけど。今年の小学生は、男子1名、女子5名で自分のもってきた夏休みの宿題をサクサクとやっている。二学期にやる「単位換算」を教えてほしいと希望する2年生の子や、読書感想文をはじめ、生活作文や報道作文、体験のまとめ作文などをいっしょにやることになった。ある意味、非常にオーソドックスな課題ばかりである。

         

         一番苦労したのは、ライトノベルで書く感想文だった。もりあがりはある程度あるのだけれど、子どもたちに印象を具体的に聞いても、なんとなくこのシーンというのはあるのだが、なかなか「ここだ!」とか「この会話だ!」、「この場面!」というはっきりしたものがないことと、なにより、ストーリーを追う楽しさや面白さに特化している。つまり、読書感想文には向かないと思ってしまった。ラノベはときどき読むのだけれど、ストーリーを追うことが楽しいと思う。ハリポタに近い感じもする。それは、それで好きだし、サスペンス的なところがいい。つくづく読書感想文を夏休みの課題にするのは変だと思う。

         

         来年も実施するのかどうか?まだ分からないけれど、福島とこうしたつながりを持てていることが、同時に、自分の足下の3.11を忘れないどころか、永続的に考えるための一番のくさびになっている。原発事故が起き、放射性廃棄物が身近におかれようとしている現在、「ぼーっと生きてんじゃねえよ」と子どもたちに言われているようなものだ。

         

        心身ともにかなり充実した三日間だった。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

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          7月19日 この暑さをどう考えるか? ある学校の物語

          • 2018.07.19 Thursday
          • 07:10

           

           

           外気温39度の とんでも市立 光戦隊マスクマン学校にて

           

          職員室

          タケル先生「ケンタ先生、今日は外気温35度を超えるって言ってますけど、午後に、部活練習しても大丈夫でしょうか?」

          ケンタ先生「だいじょうぶじゃねぇの、来週から本試合があるしぃ、休む選択肢ないだろ」

          タケル先生「でも、全国で熱中症死亡が起きてますね、大丈夫かなぁ」

          ケンタ先生「そんなこといってたら、今まで練習してきたのに、子どもが可哀想じゃん」

          タケル先生「……でも、体調的にもムリしている子いるんじゃないかな? ずっと練習がつづいているし。」

          ケンタ先生「おまえさ、その弱気な態度がチームの力を弱くしてんだよ。それでも、体育科かよ? そんなに言うんなら校長に聞けよ!」

           

          校長室

          タケル先生「校長先生、部活練習ですけど、体育の授業も今日は運動場では、実施しないということになっているんですけど……部活も中止したらどうかと」

          モモコ校長「そうねえ、でも、本試合近いんでしょ。大丈夫なの?」

          タケル先生「はあ、そりゃー 練習は、したいんですけど」

          モモコ校長「じゃあ、気をつけてやってみたら。休み時間を多く取るとか、水分補給とかね」

          タケル先生「はあ、でも、ちょっと異常だと思うんですよね、暑さが……。校内でも気分悪くしてだいぶ保健室に来ているみたいですけど」

          モモコ校長「あ、そうだっけ。そうねえ、一度、他の学校の校長にも聞いてみるけど、部活練習まで休むってのはねえ、いままで頑張ってきた子どもたちが可哀想じゃないの? 子どもたちもやる気でしょ? ケンタ先生はなんて言っているの?」

          タケル先生「ケンタ先生は気をつけてやればいいんじゃないかと」

          モモコ校長「そうなの(笑)。じゃ気をつけてやればいいんじゃない。それに、練習休むと保護者うるさいのよ、今まで頑張ってきた家の子どもの努力を無視するのかとか、事なかれ主義で学校はいつも動くとかねえ。ケンタ先生だって、アナタだっていままでがんばってきたんだからね。事故が起きないようにがんばってね。一人前の教員として経験を積むのよ」

           

          部室前

          ハルカ(子ども)「タケル先生、ちょっと気分悪くて、暑いし……」

          タケル先生「そっか、休んでいいよ……早く帰りなさい」

          ケンタ先生「おいおい、ハルカ休むのか、しかたがないなあ、気合い入れてリカバリーしろよ」

          ハルカ(子ども)「はい、わかりました……じゃあ、練習を見学させてください」

          ケンタ先生「そうだよ、それくらいの気持ちがなかったらレギュラーとれないよな」

           

          校長室

          モモコ校長「教頭先生、どう思いますか? この暑さ。さっきね、タケル先生が部活中止にしたらって言ってきたんですけど。」

          カトリーヌ教頭「そうですね。しかし、保護者や地域も盛り上がっている部活ですからねえ。それに子どもたちが反対するでしょ。体調の悪い子はちゃんと言いに来いって、それで休ませるって一応宣言しておけば、あとは自分の責任でいいんじゃないかと。部活担当にはしっかりと注意してやるように言っていっておきます。」

          モモコ校長「そうねえ、さっき他の学校の校長に聞いたんだけど、教育委員会から指示もないし、校長判断ってことになりそうだから、困るわよね、こういうの。いくら注意したって、事故は起きるときは起きるのよねえ。教育委員会だって校長会だって責任取りたくないのよねえ、矢面に立ちたくないってさ、下々の校長は困るのよねえ」

          カトリーヌ教頭ごもっともです」

          モモコ校長「そうそう、うるさいヒルトップ先生がなんて言っているか、一応聞いておいてくれる。あのヒルトップ、いつもうるさいからねえ。あたしにっとって最悪の教員よ」

          カトリーヌ教頭「御意。聞いておきます。いま、家庭科室でボーッとしているはずですから」

           

          家庭科室

          カトリーヌ教頭「ヒルトップ先生……」

          ヒルトップ先生「あっつう、なんで、家庭科室にエアコンにゃあ(ない)の? たわけだわ、わしが熱中症で病気になるわ。公務災害だがね。ほんと、勤務条件の措置要求(地公法46条)をやってまったろ(やってしまおう)かな、教頭さん」

          カトリーヌ教頭「え、まあ、予算がなくて、ヒルトップ先生の家庭科の専科指導については、いつもご無理を言ってしまって……うだうだ」

          ヒルトップ先生「こんだけあっついと、子どももやる気がのうなってまう(なくなって)し、みんなで授業でご飯炊いてみぃー、サウナだで。わしはもっとやる気がのうなっとる。」

          カトリーヌ教頭「あの、今日の暑さと部活のことですけどね、かくかくしかじか、あーたらこーたら なんです。どう思いますか?」

          ヒルトップ先生「そうか、わしはつぎのように考えるんだわ、よお聞いてちょうよ。あ、それとも、直接、校長に言いに行こうか? 緊急に職員会やりゃー」

          カトリーヌ教頭「いやいや、私が伝えますから、はい。」

          ヒルトップ先生「よし、じゃあ、メモ取りなさい!、いくよ」

           

          1 職員ができるだけたくさん集まって話し合うべき事で、部活指導をしている教員だけで決めること自体がおかしい。メンバーの子どもの担任だって意見を言う権利があるだろ。部活は教育活動の一環として学校全体で責任を取るのか、それとも単なる趣味同好会で個人的にやっているだけなのか? 根本的な問題をあわせて論議するべきだ。校長に判断力があるとうぬぼれるんじゃない。

           

          2 子どもがやりたがっている。あるいは、保護者がうるさい。または、他の学校はやっているのにとか、さらに、今まで頑張ってきたのに……というのは、子どもの生命の安全の前にはクソである。そんなもんを比較すること自体がクソである。暴風警報と同じ感覚であるべき。そういう親や子には、いつも教育員会が言っている「毅然とした態度」でのぞめばいいじゃないか。予防が空振りだったら、そんなめでたいことはない。

           

           それと、一斉下校指導で運動場に子どもを集めて、ダラダラと30分もだれも聞いていない指導トークなんてやっている教員は厳しく指導しないといけないよ。それって管理職の仕事だよ。「熱中症に気をつけて」なんていいながら、いつまででも話している奴の後ろからケリを入れても良いと思うよ。

           

          3 「今日は外で部活をするとだれもが熱中症になる」ということが、科学的に実証されていなくても、あるいは、やってみなくては分からないことでも、また、結果的に安全だったとしても、人命に関わること、取り返しのつかないことが起きる可能性があるときは予防措置を怠ってはならないという「予防原則」に従う事項である。

           

          4 都合のいいときに「子どものため」なんて言うな。子どものためなら宿題無くせ、授業減らせ、お菓子の持ち込み許せ、シャープペンもOKしろ。部活指導なんて、先生、自分がやりたいだけだろ……と誰かが言っていたなあ。

           

          5 「子どもに選択させて自己責任」ってバカじゃないの? 単なる責任転嫁だろう! まじめに部活やっている子が、簡単にやめますって言えるわけないだろう。ほんとバカじゃないの? いや、もちろん、そういうことが自由に言える部活だったらいいんだよ。自己主張しても先生はもちろん、メンバーはけっして嫌味なこと言わないとか、はぶらないとかね自信があるならね。

           保護者だって、「部活中止にしてもらえませんか」なんて勇気が要るし、とりわけ我が子がメンバーにいやなこといわれるんじゃないかと言いにくいんだ。もちろん、自分の子なんだから勇気出していうべきだけどね。

           

          ヒルトップ先生「以上、あっつう……、あたまぼーっとしてきたわ」

           

          とある学校のあるようなないような話です

          これを書いているボクの部屋はエアコン無しで33度になっています。やばい!

           

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            6月11日(月曜日) 『学校目線。』リニューアル『お・は』101号です。

            • 2018.06.11 Monday
            • 19:57

             

            リニューアル101号をお送りします。

             

            今回から リニューアルしました。単行本的学校ブックとなりました。だいたい2ヶ月から3ヶ月おきに発刊する予定です。すでに、102号の仕込みに入っています。値段も上がりましたが、内容には自信が……まあ、あります(笑)。

             

            今号は、といっても、岡崎勝シリーズ,箸いΔ海箸如△垢戮謄椒の文章です。いままで、『お・は』に書いてきたものをまとめました。なかなか、いいですねえ(自画自賛)。

             

            『学校目線。』というのは編集部のつけた表題ですが、なかなかいいです。学校目線は親からすれば、『上から目線』ということになるでしょうか? 教員はそういう自覚はほとんどないので、ぜひ本書を読んで、いろいろと、賛否両論で考えて欲しいです。

             

            教員の立場なら、親の気持ちをある程度は分かったうえで、話してほしいと思うわけです。ボクは親からたくさんの相談を受けます。たしかにやっかいだなと思うこともあります。めんどくせーと感じることだってあります。それに、親の立場を考えると言っても限界はあります。ただ、それでもなお、努力して、分かろうとする気持ちが重要なんだと、ぼくは自分にいいきかせています。

             

            それが、どの程度、本書に反映されたのか、ご賞味ください。アマゾンでもホントでも大丈夫です。

             

            次号102号は「平成現場ぶっちゃけ教育史」みたいな感じです。お父さんやお母さんの小学生時代はどんな教育だったんだろう?という視点でつくっています。いろいろな方に取材、執筆をしてもらっています。ボクもかなり書き下ろします。次号もお楽しみに。

             

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              6月3日(日曜日)毛利子来さんを語る会 in 青山

              • 2018.06.04 Monday
              • 07:31

               

               「毛利子来さんを語る会」がクレヨンハウスのレストランで開かれた。今日は、一日朝から『お・は』102号の取材対談。そのあと、午後五時半に表参道青山をとぼとぼと、午前午後の『お・は』の仕事でくたびれた体を運んだ。クレヨンハウスはお客さんで混んでいる。さすが東京。落合さんには会えなかったが、毛利さん関連の人がたくさん参加していた。

               

               会費6500円を支払って、受付を通過。受付には内田良子さんや『ち・お』編集協力人の何人かと、クレヨンハウスの職員がスタッフ的仕事をしている。100人くらいの人だが、久々に会う人が多い。昔の『ち・お』『お・は』の編集部の濃いメンバーと話す。しかし、歴代の『ち・お』『お・は』編集部専門家集団が並ぶと、すごすぎる。つくづくボクは有能な編集部専門家にめぐまれたのだなあと感動する。今は翻訳家&作家になってしまった斉藤真理子さんは、相変わらずすごい。何がすごいかはわからないけどすごい。いくつかの出版社の人も集まっていた。

               

              『ち・お』編集協力人の先輩の方々(笑)にも久々に会って、「ごぶさたしています」とご挨拶。末席に座ってへたっていると、いろんなひとが前を通ってくので、そのつど、ご挨拶。芹沢俊介さんと北村小夜さんにもいやはやとご挨拶。とにかく、ご挨拶のペコペコ人間となった。

               

               上野千鶴子さんは後ろ姿を拝んで挨拶はせず。まあ、とにかくいろいろな話題の人が一杯だ。毛利さんを偲んでみんなの挨拶と話を聞く。石川憲彦さんの体調が悪いので、もし欠席したら、ボクが代わりに挨拶ということになってたけど、石川さんが頑張ってきてくれたのでほっとする。

               

              石川さんの話は、すごくいい話で、毛利さんの人となりがよく分かる、しかも、格調高い話だった。けどちょっと長かったので、挨拶を終えてきた石川さんに「石川さん、話が長いですよ。20分ですよ。ま、でも、いい話だったんで許します」と言うと、頭をかいて苦笑いしていた。でも、本当に石川さんしか話せない、いい話だった。6/21には石川さんと対談だったな。また上京だぁ。

               

               ちょっと早めに会場を失礼して、暗くなった青山を歩く。でも、表通りから一本入ると、ほんとうにおしゃれなお店が多いんだよな、このあたりは。若い二人が肩寄せ合ってあるくにはいいよなあ。金がなくても、散歩にはいいよなあ。歩きながら、毛利さんと話した、たくさんのことがぐるぐると頭の中をめぐって、ちょっと鼻の奥がツンとなってしまった。銀座線と丸の内線を乗り継いで東京駅に。帰名の途についた。今日の日記終わり。

               

               

               

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                5月27日(日曜日)オントロジーという話 宮台さんと

                • 2018.05.27 Sunday
                • 20:38

                 今日は『ウンコのおじさんトークイベント』のとりあえず、一区切りの日。下北沢で30人くらいの集会。尹雄大さんが今日は都合で欠席なので、宮台さんとぼくでトーク。

                 

                 ぼくは最初に「程度の問題」という、簡単な実験をして、宮台さんの話につなげる。今日は、宮台さんは突然(笑)オントロジーという話をしはじめる。オントロジーというのは「なぜ、それはそれなのか?」とか「どうしてそれはここにそれとしてあるのか」という存在論である。つまり、人間というのものをオントロジーとして考えると、それほど、普遍的なものではないし、ある種の物語の工作によって人間概念というのもはできているんだ……。

                 

                 だから、そうなると、人間的とか、人間のために、人間ならこうあるべき……などという言い方はなかなか困難になるのではないか。そして、安易に人間的などといえないでしょうよ……という。人権や権利なども、そうした視点を欠いてはならないと。宮台さんは、人類学や、人類史の視点から、かなり濃密な話を展開する。これは、かなり込み入ってはいるけど、根源的な大事な話なんだからしょうがない。ちんぷんかんぷんの人もいるだろうと思うけれど、その通りなんだからしょうがない。

                 

                 まあ、ぼくも、けっこう話題を絞って.宮台さんに迫るが、なかなか難しいが、でも面白い話に展開する。虫(昆虫)の話をしたときに、今の子どもたちは本当に虫に弱くて、ちっちゃな、ほんとうにちっちゃな米つぶくらいの蜘蛛でも、授業が中止するくらい、教室は大騒ぎになる。お父さんたちがこうした虫取りや自分の得意なものを子どもに見せることで、ある種の敬意と信頼を勝ち取ることができるだという話も、若いお父さんには、ハードルが高いのかもしれないなあと思った。昆虫のことは、子どもたちの生活経験が収縮している象徴的なことだろう。

                 

                 そんなこんなで、二時間終わった。この集会には、以前名古屋の学校でお世話になった保護者が二人も来てくださって、ホントなつかしいと、しばし歓談。お二人とも元気にこちらで過ごされていると言うことで、年を経ても笑顔で会えてよかったなあと思う。

                 

                 しかも、もう一人若い男性が、ぼくの教え子の名前を言うので、えっ?というと、それがいとこだと。かれは大学で頑張っているそうでまた会いたいといってくれて別れた。あとは、これまた、地元の知人の友人だというお母さん。なんだか、いろいろなところで、縁がつながっているなあと思った。下北沢まですら……。そういえば、もう一人、世田谷区長の保坂展人さんも来てくれていて、会えた。保坂さんは若い頃、ほんと若い頃からの知り合いで、どんどん立派になっていくんで、お兄ちゃんはうれしいよ(笑)。……と、なんだか懐かしかった。

                 

                 今回、宮台さんとイリイチやシャドーワーク、ジェンダー、そして栗原彬さん、山本哲士さんの話ができて、それも楽しかった。いやはや、みんなどこかでつながりながら、切磋琢磨しているんだなあと思った。よい、日曜日だった。

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                  4月22日(日曜日) 授業は脱線こそ命!……またクソ真面目な教員が怒るかな(笑)

                  • 2018.04.22 Sunday
                  • 14:45

                   

                   とても暖かくなってきた。名古屋はいつも、暑くなるのも寒くなるのも早い……と同居人は言う。しかし、ボクは暑くてもいいじゃないかと思う。しょうがないじゃないかと思う。先週から本格的に授業が始まって、高学年の理科の専科的指導をしているのだが、三年目の理科もちょっと飽きてきた(笑)。もちろん、子どもたちは初めての高学年理科であるし、中身もかなり濃い・おもしろい・難しいのミックス味なので、仕事的には、脱線したりするが、面倒でも、かなりていねいにやっていく。

                   

                   今は、五年生の天気の学習をしているが、天気なんてのは考え出すとおもしろいことばかりだ。「今日は天気が良いわよ、よかったぁ」というときに、空を見ると曇りだったのだが、なぜだろう? と子どもに聞く。あるいは、空を見ると雨がかなり降っているのに、「今日は天気が良いわよ、よかったぁ」というのは、なぜだろう? と聞いてみる。こんな話は真剣に食いついてくる。

                   

                   前者は遠足に出かける日だからというのが「一つの正解」だ。遠足は雨が降ると中止だからね。雨さえ降っていなければ「良い天気」なのだ。後者は「雨がちっともふらない畑で野菜を作っている人」という意見が子どもからも出て、そのとおり。私は「傘が売れなくて困っているお店」というのを考えていたが、子どもの方が「良い答えだ」と思った。

                   

                   雲はなぜできるのだろうか? 水蒸気の粒ですというのは理科好きな子だろう。別に雲なんて、なんでできていたってかまわないのだ……という子もいい。でも、雲がどうしてできるかということを知っていると「おもしろい」と言ってくれる子がいると、ちょっと盛り上がる。ペットボトルで気圧を上げ下げして、中にインスタント雲を作ってみせる。分かったような分からないような……。

                   

                   水蒸気の話をしているときに、水を沸騰させる実験をした四年生のときの話になり、温度がなぜ100度にならないのかという話から、アルコール温度計の話になって、まぁ、どんどん脱線していくんですねえこれが。アルコール温度計って「お酒?」という話が出て、この赤い液体はなんだろうねえ?と聞くと、「液ダメ」という。これは、学校で、テスト的に、授業で教えてもらった言葉だけを忠実に答えている子どもたちだ。とても健気だよ。怒ってはいけない。液ダメ?液は「だめ」なの? 液だめ→液をためる(溜め)で液溜と書く……下に赤い液体がたまっているので、「液溜」と教えて、この液体はなんだろうねえ?と再度聞く。

                   

                   これはアルコール温度計っていうけど、「アルコール」かな? と問うけど、そりゃわかるわけないよな。 そこで「じゃあこのアルコール温度計を割って中の液体を取り出しましょう」と言うと「えーっ、それいいのぉおお?」と子どもたちは叫ぶ。「勉強のためなんだからね、1本くらいね、わっちゃうよ。君たち知りたいでしょう、割っちゃいましょう。先生が叱られたら『何かな?』と疑問を持った君たちのせいだからね(笑)」と言って、ペンチで挟み割る。そして、シャーレにあけて、まわして子どもたちににおいをかいでもらう。

                   

                   理科でにおいをかぐときは、「よこから軽く手であおいで、たくさん吸い込まないこと」も教える。それでも「ウッ」と言っている。「家の石油ファンヒーターのにおいだ」ということが分かる子には分かる。つまり「灯油」ですねえ。安いので灯油を使っています。「温度計わっちゃって、校長先生に叱られませんか?」「いい人しか校長先生になりませんから、多分大丈夫だと思うよ(笑)」と。「でも先生、念のため窓を開けておきますね、においが……これでばれないよね」というやさしい子どもたちであった。

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                    4月17日(火曜日) 4/15 父親のコンテンツ 「ウンコのおじさんトークショー」

                    • 2018.04.17 Tuesday
                    • 17:18

                     

                     日曜日、新宿ブックファーストで宮台さんと尹さんとボクでトークショーをしたのだけれど、毎回おもしろい。聴衆は満席20名余。新宿西口から迷わずに本屋さんに行くことができた。到着が早く、二人を待つ。聴衆は老若男女いろいろの個性的な方々(笑)。

                     

                     今回はいつも以上に、ボクは話題をいくつかチェックしていった。それを二人に順番に振っていく。最初は、父親の悩みとして、「家庭の中で父親の存在」というものについて話をしてもらった。共通認識としては、父親は母と子の間にはいり、社会性を家庭に持ち込むのだという。ごくオーソドックスな父性論がある。それ自体は「父性」を「父親」に限定しなくても良いわけで、「ウンコのおじさん」はその社会性・地域などと家族をつなぐ位置なのだ。それをどうとらえリアルなところで現実化するかということを考えた。。

                     

                     宮台さんの話は具体的で、ご子息とのやりとりの中で、「コンテンツ」ということが中心になった。以下は、ボクの解釈ですが、つまり、子どもと父親(母親も同じ)の場所をどう作るかということだ。場所という感覚は時空だけのことではなく、そこで営まれる行為をどう構造化するか、あるいは構造化しないかということが迫られる。……などというと難しくなるので簡単にいうと、子どもから尊重されるような人間関係を作れるような内容=コンテンツですね、それを父親は身に付けているかが問題なのだと。

                     

                     宮台さんのコンテンツは、昆虫だったり、怪獣だったり、アニメだったりする。それを子どもとの場所をつくるためのコンテンツとするわけだ。これは、「なあんだぁー」と思うかもしれないが、単純に子どもの興味に迎合する、つまり子どもにサービスすればいいということとは全く違う。宮台さんの話を聞いていると、子どもに「迎合」していない。これは重要なところだ。子どもと付き合うときに「主従関係」「共依存」「所有するものとされるもの」という関係性以外を求めるのだ。サービス論を超えなければならない。

                     

                     子どもの知的好奇心や内発的な動機と共振するようなものを父親が持っているか!ということにつきる。父親の自己中的趣味に子どもが付き合わされているのではない。子どもが親を尊重しながら「楽しめるか」ということだ。「どうだ、虫ってすごいねえ」と子どもと驚嘆しながら、同時に父親を横目で見ながら「おやじもけっこうイケてるなあ」と子どもが思うかどうかなのだ。これは、けっこうハードルが高いけど、本質的だなと思った。

                     

                     性愛の話でもけっこう盛り上がったけど、性教育については「お互いを尊重できるかどうか」が決め手ですねと断じた。それ以上でも以下でもないなあとボクも思った。ボクはけっこう男子に性の話をしてきたが、究極のところは、相手が同性であれ異性であれ「尊重」できるかということだと思っているので同感。損得勘定で生きていれば、相手を尊重なんかしないよね。相手と付き合うことで、損するか得するかみたいな話はクソ(失礼!)ですねということだ。

                     

                     隗より始めよというのは基本ですね。

                     

                     今度は5月27日日曜日午後2時受付2時半開始、午後5時終演。世田谷教会で、一応くぎりの「ウンコのおじさんトークショー」です。ぜひ来てください。問い合わせはジャパンマシニストまで。

                     

                     

                     

                     

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